【六甲祭ヒストリー】⑤ 「六甲台祭」から全学祭への模索

 1971年から始まった六甲台3学部の学部祭が「六甲台祭」が、全学祭への模索を始めます。連載「六甲祭ヒストリー」、いよいよ「六甲祭」の夜明けを探ります。
 神戸大学大学文書史料室所蔵の各学部の「卒業アルバム」の写真や『神戸大学新聞』、放送委員会の『KUBC PRESS』(1981年創刊)、ニュースネット委員会の『神戸大学NEW S NET』(1995年創刊)などの学内メディアの記事でたどってみます。<編集部>

(画像:1976年パンフレットの「目次」下には「六甲統一祭」の文字が 提供:六甲祭実行委員会)

●第6回「六甲台祭」に統一祭への胎動

 学部祭にもどった1971年の「六甲台祭」から、全学祭の「六甲祭」に衣替えするのは、公式には1980年秋の学園祭を待つことになるのですが、今回の取材で、新しい事実がわかりました。
 1976年の「六甲台祭」が、複数の学部祭の連動開催となり、全学祭へむけての動きがあったというのです。

 開催直前の1976年11月1日付の『神戸学生新聞』の記事によると、この年の学園祭は、「法・経済・経営学部に加え教育・農・教養部の自治会と四団連が加わって『六甲祭』と名乗る」とあります。
 日程表も掲載されていて、
 11月25日 農学部祭、教育学部祭、文化祭展
 11月26日 農学部祭、教育学部祭、各学部講演、弁論大会、映画
 11月27日 開会式、園遊会、中夜祭
 11月28日 園遊会、全体講演(山本薩夫監督)
となっています。

 よく読むと、同年の六甲台祭の公式パンフレットにも、同様の記載があります。

<六甲台祭実行委員長あいさつ>
 (前略)
 尚、今年は、教育学部祭、創造祭、理学部祭、教養部祭と六甲台祭の統一開催、それに四団連の参加による神大「六甲統一祭」の一環として開かれます。  
 六甲台にないものを他学に求め、又逆に、他学部は六甲台に何かを求め、そうすることにより、全神大生の視野が広め、人的、学問的交流を深めて行こうと思っています。(後略)
実行委員長 藤井佳明

 このように、文中には「六甲統一祭」と書かれています。
 パンフレット目次下には、<六甲統一祭企画>として、映画6本の上映、講演が2つ、弁論大会「70年代後半と我々学生」のスケジュールが掲載されています。
 六甲台祭パンフレットのスケジュールのページの「於 教育学部『大文化祭展』」という表記を見ると、合同の催事以外は、教育学部祭などはそれぞれの学部で開催されたと読み取れます。


 「六甲祭」誕生の4年前に、こうした統一学園祭の機運があったことは、たいへん興味深いものがあります。しかし、翌年からも「六甲台祭」としての開催が続くことになります。

(画像:「六甲統一祭」の方針を告げる1976年パンフレットの「実行委員長あいさつ」 提供:六甲祭実行委員会)

●第8回のゲストにサザンオールスターズ

 いまでは学園祭の「メインゲスト」は、歌手やタレントなどの芸能人ですが、かつては有名教授や映画監督などの文化人でした。
 「六甲台祭」の10年間で、芸能人の記録が見えるのは、最初の1971年からで、園遊会に中田カウス・ボタンの両人が出演しています。
 このあとも園遊会の舞台が芸能人の活躍の場で、翌1972年にも月亭八方、桂文珍が来演。1973年は、月亭八方、海原かける・めぐる。

(画像:サザンオールスターズの出演告知 1978年の六甲台祭のパンフレットから 提供:六甲祭実行委員会)

 1976年からは六甲台講堂にミュージシャンが登場。甲斐バンドが、毎日放送の「キャンパスフォーク’76」とのタイアップで来学しています。入場無料でした。
 1977年には「六甲ミュージック・スクウェア みんなの歌声」のコーラス・コンクールの司会に、作曲家のキダ・タロー。アマチュア・バンドコンサートにヤング・タウン(MBS)やセイヤング(文化放送)のDJの山本雄二。
 そして、1978年11月11日のステージ企画「M u s i c In Rokko」には、桂文珍の司会で、サザンオールスターズが出演しています。メンバーは、この年6月に「勝手にシンドバッド」でメジャーデビューを果たしたばかりで、翌年の「いとしのエリー」でのブレイク寸前のタイミングでした。前売り500円、当日800円でした。
 1979年はテレビやラジオで大人気のあのねのね。これも、カンパ500円、当日800円の有料で開催されています。

 次回は、1980年にスタートした六甲祭を探ります。その歴史を知るべく、六甲祭実行委員会ボックスを訪ねます。

       ○       ○

 この連載は、六甲祭実行委員会などの協力を得て、社会科学系学部の同窓会「凌霜会」の機関誌『凌霜』に、2024年1月号から連載されている記事を、転載しています。

(画像下:1979年の卒業アルバムから 六甲台本館前)


▼連載記事リンク
【六甲祭ヒストリー】① 新制・神戸大学「開学記念式典」が戦後の学園祭の出発点
【六甲祭ヒストリー】② 1950年代の「開学記念祭」
【六甲祭ヒストリー】③ 1960年代の呼称は「大学祭」
【六甲祭ヒストリー】④ 1971年〜79年の「六甲台祭」
【六甲祭ヒストリー】⑤ 「六甲台祭」から全学祭への模索
【六甲祭ヒストリー】⑥ 1980年「六甲祭」のスタート

つづく

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