緊急連載 大学から震災の灯は消えたか 第22回

震災教育が行き渡らない中で
舞子高校・環境防災科の試み
 
 全国から神戸市を訪れる修学旅行生が増加している。
 FeelKOBE観光推進協議会によると昨年は、宿泊した生徒は60773人と2年連続で6万人を突破した。地域別にみると関東が48%、東北、東海は共に13%。震災学習が主な目的だ。被災地以外で、震災教育を積極的に授業に取り入れている学校も増加してきている。

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 広島県の小・中学校、高校の生徒は必ず平和学習で、原爆ドーム、平和記念公園に訪れる。半世紀たった今も原爆のことを語り継ごうとする教育は絶えずに続いている。
 一方、神戸では 広島での「語り継ぎ」は広く行き渡っているものの、深く子供たちに伝わっているかどうかについては疑問を投げかける先生もいた。
 神戸での「語り継ぎ」はどうだろうか。神戸市教育委員会では、副読本を市立の小中学校の全生徒に配布している。しかし、活用の仕方は基本的には各学校に任されていて、教育委員会では配りっぱなし。どのように教育現場で生かされているかについてはフィードバックしていないという。
 神戸市長田区内のある中学校の教諭は、「学力向上を考えるので精一杯。震災までいかない」と漏らす。人と防災未来センターや希望の灯りを訪れることのない学校もある。「頑張っている先生もいるけれど、市レベルでは震災教育が行き渡っているとは言えない」とある教諭は打ち明ける。
 そんな中、神戸で震災教育に正面から取り組む学校がある。

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 兵庫県神戸市垂水区の県立舞子高校に、生徒たちのインタビューを収めたビデオがある。
 「(震災の日の朝に)はじめはグラグラーときたんですが、それが、誰かが暴れとんのやなーと思っていたら、いきなりドカドカーと地震がきて。小学校に避難しても、みんな寒くて毛布かぶっているだけで」。

 長田区で被災した男子生徒が川端で話す。目をそらさず、表情はどちらかというと淡々とした様子。しかし、言葉につまることはなく、正確に記憶をたどっていく。
 ビデオは同高校の生徒が企画し、昨年12月に撮影。同じクラスの生徒たちの震災体験を十数分間の映像に記録した。全国で唯一、同高校に設置されている「環境防災科」の取り組みだ。

 
【写真】防災教育に取り組む舞子高校の生徒ら(提供写真)
 舞子高校に環境防災科が出来たのは2002年4月。その2年前から新科設置の話が持ち上がり、教育の多様化を目指す県教委の後押しを背に、被災地ならではの同科が設けられた。震災から学んだ防災や環境問題などを教える、震災教育の「先進校」だ。
 現在のところ、集まる生徒たちは、当時小学校1〜2年で例外なく震災を体験した人たちばかり。被災の程度に差こそあれ、家族や知り合いを亡くした生徒も少なくない。
 身を持って震災の悲惨さを知った場所だからこそ、難しいともいわれる震災教育。しかし、同科の教諭・諏訪清二さん(43)は「配慮はいるけど、教育は別」と切り返す。

 環境防災科の授業は、しばしば教室の中だけにとどまらない。震災教育の施設や六甲山でのフィールドワーク、泊まり込みで消防学校に体験入学もした。
 諏訪さんが驚きとともに受け止めているのは、生徒たちの積極性。珍しい教育を実践している以上、各地の学校など招かれることも多い。生徒も連れて行くのだが、いつも発表者の立候補が多くて旅費に頭を悩ませるほどだ。
 「僕たちも生徒に、ようさん教えてもらってる。一緒に勉強するという、そういう立場」と諏訪さん。もともと、最も近い場で被災の体験をしてきた生徒たちだ。その悲惨さも重要さもよく知っている。
 「ティーチャーじゃなくて、ヘルパーでいいねん。『教えるんや』と考えるから悩む」。激震地ではないが、自身も被災した諏訪さんは、この姿勢が震災を知る・知らないを問わず、教師たちができることだと感じている。

 一方で、「話したくない」という生徒も、もちろんいる。母親を亡くした生徒は、ビデオ作りのインタビューにも登場しなかった。しかし、教師として見守ってきた諏訪さんは「はじめは心を閉ざしていたが、友達と話しているうちに氷解してきた」と見る。
 「普通に話す場を作って行くのが大事なんやなと思う。それはこれからも変わらない」。
 あと2〜3年すれば、生徒も直接には震災を知らない世代になる。諏訪さんは、今のスタンスで十分教育が続けられると信じている。「震災への思いを残す神戸という地で、語り継ぎに必要なのは話せる場だ」と。
 その場所を広げるのが、これからの課題だ。

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 震災教育が行き渡っているとはいえない被災地の小中高校。
 しかし、舞子高校の生徒たちがつくったビデオの最後、画面に映る生徒たちは将来の夢を語り出す。
 救急救命士、社会福祉士、市の防災科、介護福祉士、看護師……。
 淡々と話していた生徒たちの表情に、照れたような笑みが広がっていく。震災教育で学んだことを生かし、動き出そうとする生徒たち。
 それぞれの進む道で、震災を語る場が広がって行くかもしれない。

【震災取材班 岩崎昂志、吉永智哉】

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