岩手県の大東町立大東中学校では、学習旅行の取り組みの中の一つとして、命の尊さを学ぶ学習を組み立てていきました。
学習旅行の企画の柱のひとつに、ブックレット『語り継ぎたい。命の尊さ〜阪神大震災ノート』の著者、本の編集者との交流学習「トークセッション」を置き、それに向けて、事前学習、事後学習に丁寧に取り組みました。
担当した古里康彦教のリポートから、とりくみの内容を要約しました。
・実践のきっかけ
・旅行の構想作り
・スケジュール
(1) 住田さん・井上さんとの打ち合わせ
(2) 学習旅行取り組みのスタート
(3) 事前学習の展開
(4) トークセッション当日
(5) 旅行後の展開
・実践を終えて
【実践のきっかけ】
大東中は岩手県南部の東磐井郡大東町という人口2万人弱の町にある、全校生徒213人の学校。この実践は2年生の3学期から3年生の1学期(2002年1月〜4月)にかけて取り組んだ実践です。この学年は2クラス70人からなる学年、一方のクラスは古里教諭が2年生の時から担任しています。
古里教諭は社会科の教諭で「学習旅行」を一つのきっかけとして新しい取り組みスタートさせたいと考え2001年11月、学年の先生方とともに旅行の構想作りをはじめました。
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【旅行の構想作り】
大東中の学習旅行は、3年生の4月に2泊3日の日程で行われています。旅行先は、東京方面です。次のポイントを検討しました。
▽東京にいく学習旅行で子供たちに考えさせるべきものは何なのか。
▽中学校3年間の「生き方を学ぶ」総合的な学習の時間の学習の
集大成として、そのきっかけづくりにしたい。
▽人との交流を柱にして、一生の記憶に残る学習旅行に。
▽生命の尊さ、平和の尊さを心の底から考え、他者と積極的にかかわり、
現代社会の問題に目を向けて自分の考えを持てる人になるために。
学習旅行の日程の中に班別の「自主研修」があり、ここ4年間は、東京で活躍する郷土(大東町)の先輩方を訪ね、その人の生き方を学んでくるという内容で進められてきました。
今回は、自主研修のテーマを「伝えたいこと、語り継ぎたいこと」としました。「命」をテーマとしたもので、ぜひ入れたいと考えたものの一つにあったことが、「阪神大震災」でした。
自主研修で誰と交流させていくか、その内容を具体的に決めていくために教師側の事前学習が始まりました。資料をいろいろ調べているうちに出会ったのが、ブックレット『語り継ぎたい。命の尊さ〜阪神大震災ノート』でした。「インターネットで知った『阪神大震災ノート』のホームページは衝撃的だった」と古里先生。
ブックレットの編集者、神奈川県小田原市のグループスプラッシュの井上裕子さんにメールでアクセスし、著者も交えてのトークセッションをすることが決まりました。
班別の「自主研修」ではなく、学年全体の「全体学習」としてとりあげることになり、学年の先生方でブックレットを読むことからはじめました。
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【スケジュール】
準備の過程を、古里先生のリポートから抜粋します。
(1) 住田さん・井上さんとの打ち合わせ
3学期からの学習旅行の取り組みの前に(生徒に全体計画をおろす前に)、
冬休み中に、下見もかねて、事前のお願いと打ち合わせに東京に。
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(2) 学習旅行取り組みのスタート
冬休み明けに、学習旅行の全体計画を生徒にはじめておろす。
学習旅行に対する願いを語った後、「交流」を柱とした学習旅行の全体像を説明。
今回の学習旅行の大きな柱の一つ目は、まずは「阪神大震災」。
そして柱の二つ目は、「東京大空襲」。
そして、三つ目は新しいテーマのもとに行う班別の「自主研修」。
最初の全体説明の時には、事前学習資料として、
阪神大震災ノートと著者住田功一さんを紹介するプリントを配布した。
阪神大震災ノートが作られるに至ったいきさつ、阪神大震災ノートを読んだ人々の感想、
そして阪神大震災ノートの内容の一部を紹介した。
その衝撃的な内容は、多くの生徒に興味と関心を持たせた。
「早く読んでみたい」という生徒も多数いた。
阪神大震災ノートは、生徒全員に持たせることとした(後日配布)。
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(3) 事前学習の展開
▼2/ 6(水) 事前学習1 ビデオ視聴(1時間)
「激震の記録 〜失われたあの時、あの場所〜 映像で語り継ぐ阪神・淡路大震災」
を視聴した。学習プリントを一枚準備し、授業を行った。学習プリントには、
ビデオのあらすじと阪神大震災の被害状況を簡単にまとめておいた。
ビデオを見終えた後に「ビデオを見て印象に残った所、考えたこと」
「疑問に思ったこと、もっと知りたいこと」を一人一人に書かせた。
▼2/13(水) 事前学習2 ビデオ視聴(1時間)
「人間復興 〜阪神・淡路大震災が問うもの〜」を視聴した。
前回と同様に学習プリントを一枚準備して、授業を行った。
「住み慣れた街に戻り、暮らしたい・・・」このビデオは被災者の立場に
立って描かれた唯一のビデオであり、被災者の苦しみ、悲しみ、痛み、叫びが
ひしひしと伝わってくるものであり、震災の裏側にある様々な問題点が
見えてくるものであった。ビデオ視聴の前に視聴のポイントをいくつか指示した。
避難所での生活、被害を大きくした原因などメモを取らせながら視聴させた。
ビデオを見終えた後に、感じたこと、おかしいと思ったことなどを全員に書かせた。
▼2/19(火) 事前学習3 読書(1時間)
「語り継ぎたい。命の尊さ −阪神大震災ノート」の読書にいよいよ入る。
この日初めて生徒全員に阪神大震災ノートを配り、まずは1時間いっぱい
一人一人のペースでじっくりと読書に取り組ませた。
非常に静かな状態で読書は進められた。中には泣き出す生徒もいた。
まずは、最初の感想を大事にしたいと考え、1時間の中で自分が読んだ所までの
「初めて読んだ感想」を書き綴ってもらった。
以下に、4人の生徒の、この時に書いたものを紹介する。
まず、自分が思っていたものよりはるかにすごい地震だったということがわかった。
子供を亡くした親の人たちがこの文を書いているとき、どんなにつらかったんだろう。
救助隊の助けがもう少し早ければ・・・と思うと悔しい気持ちです。
(1〜35Pまで読んで)
生々しくて、そこらへんの新聞やニュースなどよりも本当に実際に
あったことが書いてあると思った。
読んでみると、被害をうけた人々の救出の様子が書かれていたけど、
被害者の人達が協力して救出していたり、工夫しながら助けを求めたりしていて
すごいと思った。すごいってしか言えないです。
(1〜40Pまで読んで)
私はこんなにすごい状態になっていたなんて思いませんでした。
テレビとかでは見て知っていたけど、実際に体験(って言ったら失礼だけど)した人や、
人を亡くした人の話を読んで、なんか「ことばをなくす」ような感じがしました。
(1〜28Pまで読んで)
当時のことは一つも覚えていません。「阪神大震災」ということも知らずにいました。
今日、この本を読んで阪神大震災のことをくわしく知ることができました。
今までこんな大切なことを知らずに生きてきた自分が情けなくなりました。
命の大切さについて改めて考えさせられました。
(1〜27Pまで読んで)
▼2/25(月)〜3/7(木) 朝自習読書(15分間読書、6日間)
前回の読書の後、各々自宅に持ち帰って阪神大震災ノートを読む生徒もいたが、
続きをしっかりと読ませるために、今度は、朝自習の時間に読書の時間を設けた。
朝自習読書を行うに当たっては、一人一人の読書カードを作成し、
その日読んだ所と、印象に残った所の一言感想をメモ書き程度に毎日綴らせた。
下に、ある生徒が読書カードに綴った言葉を紹介する(読んだページは省略)。
●2/25(月) 「理解はできるけど、同じ気持ちにはなれない。でもそれでいい」
これが一番印象に残った言葉です。
●2/27(水) 最後のデータのアンケートの所に、「翌日電車で大阪に近づくにつれ、
普通に人々が生活してた」とあった。ズキッときた。
●2/28(木) あらためて最初から読んだ。すごい、やっぱり。
●3/ 5(火) 被害は私達のマニュアルをはるかに上回る事態という所がズキッときた。
●3/ 6(水) 高速道路も倒れてしまうくらい凄い地震だっていうのにびっりした
●3/ 7(木) 「敬愛すべき友を助けられなかった」
この地震で何人もの人がそうだったと思う。
▼3/ 6(水) 事前学習中間まとめ「事前交流」(1時間)
事前学習のまとめとして、著者・住田功一さんと編集者・井上裕子さんへ
手紙(挨拶状)を書かせた。事前学習を通して感じたこと、
どんな話を聞きたいか(どんな点を楽しみにしているか)などをまとめさせた。
手紙は、全員分4月中旬に送付した。
▼4/11(水) トークセッション準備(1時間)
当日の交流学習の準備に入った。各班ごとに一人一人の質問事項を整理し、まとめた。
感想を発表する人、質問する人、意見発表をする人をそれぞれ班ごとに決めた。
▼4/18(木) 事前学習4 ビデオ視聴(1時間)
学習旅行直前の事前学習として、
「震災から7年(1月17日ニュース23放送)」をビデオで視聴した。
トークセッションを前に、もう一度、神戸の今の動きに目を向けさせたいという思いから、
このビデオを見せた。今年1月17日、神戸の人たちはどのような気持ちで
その日を迎えたか、7年の間にどのような人の動きがあったのか、
今の神戸が見えてくるものであった。
そして、阪神大震災はまだ終わっていないということを考えさせる内容のものであった。
このビデオは、学年全員で見た。ビデオをみての感想は、今回はあえて書かせなかった。
そして、最後は
「阪神大震災を見つめると、人は必ずやさしくなる。
心の底から気づくことも多い。
今、自分にとって必要な学習とは何なのかということも
見えてくるかもしれない。
今の神戸の人達の思いを大切にしながら、
当日は多くのことを学んでこよう」
そんな話で授業は締めくくった。
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(4) トークセッション当日
《2002年 学習旅行プログラム》
●4月22日(月)交流学習1
「阪神大震災 〜語り継ごう、命の尊さ〜
住田功一さん、井上裕子さんとのトークセッション」
《場所》浅草ビューホテル
《時間》11:30〜14:00
東京ディズニーランド 14:30〜20:30
●4月23日(火)東京都内班別自主研修 9:00〜17:00
観戦・観劇(選択) 17:30〜21:00
●4月24日(水)浅草寺〜隅田川舟下り 7:40〜 9:00
第5福竜丸展示館 9:20〜10:20
交流学習2「東京大空襲 〜語り継ごう、平和の尊さ〜
戦災資料センター見学、橋本代志子さんのお話を聞く」
《場所》戦災資料センター
《時間》10:40〜12:10
いよいよ学習旅行当日。東京に着いてすぐに浅草ビューホテルに移動。
生徒はかなり緊張した様子。住田さん、井上さんの入場から始まり、
開会の言葉、実行委員長挨拶のあと、トークセッションがスタート。
井上さんと住田さんの掛け合いトークで進行していく。
自己紹介のあと、住田さんの方から1995年1月17日「あの日」のことが
話し始められる。生徒は食い入るように話を聞いていた。
当時の様子が目の前に浮かんでくるような、住田さんの思いがヒシヒシと
伝わってくるような、そんなお話だった。
トークの合間に、生徒の方に色々な言葉が投げかけられる。
何人かの生徒が質問をする。
生徒の質問に対して、住田さんは言葉をかみしめるように答えてくれた。
災害がおこった時に一番必要なこと、取材時の一番辛い思い出、私達にできること…
胸を打つような色々なお話が続けられる。
そして、最後は、住田さんの知り合いの多くの人も震災で亡くなっていったというお話。
弟の親友のご両親が生き埋めになって亡くなっていた。
それを必死になって捜し回った弟の親友の悲しみと怒り…ただただ絶句するばかりであった。
トークセッションの後は、昼食タイム、交流タイムの時間に。
生徒と同じテーブルについて一緒に食事をしてもらった。
生徒からは、大東中学校を紹介する色紙のプレゼントが贈られる。
和やかな楽しい一時を過ごす。
食事のあと生徒は、個々に住田さん井上さんに質問に行ったり、お話をしにいったり、
写真やサインなどを求めにいったり自由な時間を過ごす。
多くの生徒がわれもわれもという感じで熱心に質問に行っていたのがとても印象的。
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(5) 旅行後の展開
旅行から帰ってきた翌日すぐに、住田さんと井上さんへの手紙を全員が書いた
(トークセッション終えて感じたこと、考えたこと、お礼と感謝のことばなど)。
翌々日の授業の中で(授業参観日)、当日のトークセッションを含めた
学習旅行のダイジェスト版のビデオを全員で視聴した。
その後で、「学習旅行を終えて」という題で、学習旅行全体をまとめる最後の作文を行った。
何人かの生徒には発表してもらった。
その後さらに5月の道徳の授業の中で、今年1月17日に放送された
NHKスペシャル「“まち”はよみがえるか−神戸・長田区御蔵通−」を
2時間扱いで取り上げた。
学習旅行で阪神大震災の学習を完結させることなく、
また違う角度からの学習に取り組んだ。テーマは「人と人とのつながり」であった。
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【実践を終えて】
古里先生は「生徒の心や行動の変化(成長)を実感しながら指導にあたれたこと、それが一番うれしかったことで、一番の今回の成果だったと思う」「現代社会に生きる今の生徒は、ある意味では昔の生徒以上に多くのことを感じ取ることができる力を持っているということも発見できた。願いを持って、生徒にかかわっていけば、生徒は必ずよい方向に変わっていくと思う」と話しています。
また、「阪神大震災の学習はまだまだ色々な切り口がある。生徒を変えていく可能性がある。個人的にも阪神大震災のことをもっと知るために勉強していきたいと思っている」「阪神大震災の学習も平和教育につながるものだと思うようになった」と、先生はリポートを結んでいます。
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