村田恵子さん
昭和48年1月25日
当時:武庫川女子大・文学部国文学科4年・玉井ゼミ
スキー同好会
被災地:芦屋市津知町
出身高校:武庫川女子高校
執筆:村田延子さん(母)

 

いつか
再会できると信じて


「五年目を迎えて」
 あの日から五年目が近づく。私の胸は張り裂けそうになる。報道番組との戦い、涙と鼻水で呼吸が止まりそうになる。このとき、「今は死ねない」と必死に努力をする。恵子のところに行きたい・・・と希んだ日もあったが、今は違う!生き残った母が恵子にしてやれることが見えはじめたから、だから病気とも戦っている。
 恵子が死の恐怖と戦った時間、苦しかった時間、冷たい空気、三色スミレの転がった鉢、地面までたれ下がった電線、すべてが鮮明に脳裏をよぎる。あれから、悲しいこと、苦しいことが一杯あった。雨の前、冷たい日には傷が痛む。そんなとき恵子の苦しみ、悲しみに少しは近づけたと喜こぶ。自己満足に過ぎない苦しみや悲しさが多いときほど私の気持は楽になる。
 今、恵子は私の側に居る。確かに感じるのだが返事はない。語りかけても無言のまま、そんなときは一杯泣く、一杯泣いたらまた頑張れる。夢で出会えた日は一日嬉しくなる。
 恵子の想い出は一杯残っている。一緒に歩いた道、買い物に行った店、旅先、空気のにおい・・・。ただ恵子と家と恵子に一番なついていた猫がなくなった。新しい部屋に運んだ恵子の物をまだ整理できずに今日まで来た。恵子のために頑張って生きる!いつか必ず再会できると信じて。


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