春藤量隆さん
昭和47年4月26日
神戸商船大学商船学部機関科3年
被災地:東灘区深江本町1-12-17 ゆたか荘3号室
徳島県立城東高校
上写真:右端
執筆:朝子さん(母)

文書にしたくても、
言葉にならず


 連絡がなくて、朝から案じていたのですが、十七日の昼ごろ、学校から「二階が落ちてきて亡くなった」と連絡を受けました。それから夕方、主人と、主人の兄弟と、次男と、いとこと、ワゴン車で神戸に向かって、十九日未明にようやく学校の体育館に着きました。そうしたら百人以上の遺体が並んでいて・・・。検死ができない状況だったんです。それで十九日の夜になってようやく車で連れて帰ることができました。
 外傷はありませんでした。下宿のある場所も行ったのですが地面の上に屋根ががあってという感じで。土にまみれた本や電話もそのままありました。

 今でも友達がお盆にわざわざ来てくれたり、神戸の方からも電話をくれたり。でも、息子を連れて帰った当時と気持ちは変わらないんです。一日でも忘れたことはないし・・・どうしても文章にしたくても言葉にならないんです。


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