阪神・淡路大震災から12年が過ぎる。現在の学生の多くが震災当時は、まだ小学生だった。UNN関西学生報道連盟が加盟大の学生610人に実施したアンケートでは、実際に「揺れを感じた」学生は全体の70%に及んだ。被災地から離れた関東や九州に住んでいても、当時の地震を体感した人は少なくない。震災は私たちに多くの傷を残したことは事実だが、同時に教訓も生んだ。
 今年の震災特集では、震災に対する学生の声を検証し、震災の教訓を生かす学生グループや大学の現場を紹介する。【震災取材班】


震災特集2007 一覧
  • アンケート調査:学生は震災をどう見る?
  • 留学生、震災に学ぶ コミュニケーションの大切さ
  • 地域祭で写真展 学生「中越を元気に」(神戸大)
  • 神戸から世界へ 「できること」行動に(関学)
  • 継承の手段に工夫を 研究者の言葉から

  • 過去の震災特集はこちら


    ◎アンケート調査:学生は震災をどう見る?

     震災が発生した1995年1月17日、被災地では多くの建物が全半壊し、電気・ガス・水道などのインフラも麻痺した。「神戸の夜景が消えた」。当時の学生は、被災地の様子をこう振り返る(震災特集1998より)。
     いま、市街地のほとんどは復興を通し元の姿に戻った。しかし「神戸は震災から完全に復旧したと思うか」との質問に、過半数の学生が「いいえ」と答えている(グラフ参照)。その理由として「震災で更地になったままの場所がある」「表面上は元に戻っても、心の傷が癒えない人がいる」などが挙げられた。
     「震災について家族や友人と話すことはあるか」との質問に「よく話す」「ときどき話す」「1月17日が近づいたら話す」と回答した学生は、兵庫県在住者が最も多く48%だった。その一方で「あまり話さない」「まったく話さない」は、同じ兵庫県在住者で52%、京都府在住者では80%となった。震災が話題となる機会は徐々に減少していることが伺える。
     「震災当時のことを思い出すことがあるか」は、被災地から離れるにつれ、「思い出す」割合が少なくなることがわかった。「(震災の印象については)『あっ地震だ』くらいにしか思わなかった。テレビでは悲惨な映像が流れていたけど、現実離れしていてイメージできなかった」(当時関東地方在住者)。
     「震災の記憶は世間から忘れられていると思うか」との質問に、学生の75%が「いいえ」と回答。4人に3人の学生が、震災の記憶は今も残されていると考えていた。
     「震災の記憶は世間に残すべきだと思うか」。「そう思う」「ややそう思う」と回答した学生は全体の92%に上った。記憶の風化が取り上げられる中、何らかの形で記憶を次世代に伝えていくべきだとする考えが背景にあると見られる。
     今回の調査を通じ、継承は大切だと認識する学生は多い一方で、具体的な行動につながらない現状が浮き彫りとなった。
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    ◎留学生、震災に学ぶ コミュニケーションの大切さ

    Photo  「今から12年ほど前に、神戸で何が起こったかわかりますか」。
     神戸大の留学生センターでの風景。教鞭をとる瀬口郁子教授の問いかけに、学生らが視線を上げた。その顔ぶれのほとんどは、日本に住み始めて間もない留学生だ。今年から神戸大で学び始めたばかりの学生が多い。
     学生の国籍は中国、韓国、フィンランド、ロシア、ドイツなど幅広い。世界から集まった学生らは、被災した神戸の街の映像を食い入るように見つめた。
     留学生が震災について学ぶことは、自分自身の危機管理や「生きることは何か」を考えるきっかけになるという。
     震災当時、神戸大には43か国552人の留学生が在籍していたが、震災によって7人の命が奪われた。
     「世界の終わりがきた」「戦争が始まった」「六甲山は火山だった」「象が大地を踏み鳴らした」。さまざまな推測やデマが、留学生の間で飛び交った。
    Photo  留学生の場合、来日して間もない段階では、地域とのパイプやネットワークは少ない。震災では、日本で生活を始めてわずか数か月で被災した学生もいた。災害を減らすために、自分たちでできることは何か。参加した学生からは「震災の知識をできるだけ身につける」「環境を傷つけず、自然を守る」「できるだけ友達のネットワークをつくればいいのでは」などの意見があがった。
     授業に協力した「震災を読みつなぐ会」の下村美幸さんは言う。「近所の人とあいさつしていると、万一のとき『あの人は大丈夫か』と気づかってもらえる。阪神大震災では6万人の負傷者のうち4万人近くが、こうした交流のおかげで命を助けられた。だから、日頃のコミュニケーションは大事にしてほしい」。

    【写真上】震災をテーマに留学生向けの講義が開講。

    【写真下】真剣な表情で話を聞く参加者ら。(いずれも12月11日・神戸大留学生センターで 撮影=森田篤)

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    ◎地域祭で写真展 学生「中越を元気に」(神戸大)

     震災で傷ついた被災者を元気づけたい。
     こうした思いが実を結び「須磨青空元気フェスティバル」が誕生した。95年の開催から12年。神戸大で結成された学生震災救援隊、総合ボランティアセンターが地元自治会とともに運営に携わる。今年のサブタイトルは「〜伝えたい想い 潮風にのせて〜」。「阪神・淡路大震災のときには多くの人に応援をもらい(神戸の人が)頑張れた。逆に元気を返そう」という気持ちが込められている。
     会場内では、04年10月23日に発生した新潟県中越地震の被災地の現状を伝える写真が展示されていた。今年で発生から3年目の冬を迎えるが、被災地ではいまだに生活再建のメドがたっていない。だが、県外からは「いつあったんだっけ」、「今でもそんなに大変なの」といった声が聞かれる。
     そのような現状を受け、学生震災救援隊の小山ちひろさん(神戸大・1年)は「大きい地震があったときは注目される。でも、3年目はいろんな人から忘れ去られてしまう。阪神大震災と同じ」と嘆く。
     震災が発生したとき、小山さんは関東に住んでいた。「テレビ越しに大変なことが起こっているなぁとしか思えなかった」という。だが、神戸に来てから「神戸の人から『震災のときにいろんな人から助けてもらった。できることはやろう』という精神を感じた」と小山さん。それが震災救援隊への入隊につながった。
     「(中越地震の被災者のことを)まだ覚えてるよ」。小山さんは須磨から中越に温かいエールを送った。

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    ◎神戸から世界へ 「できること」行動に(関学)

    Photo  4人の関学生が発足させた関学学習指導会は、12年前に起きた阪神・淡路大震災直後、被災児童への学習支援活動を始めた。震災で家をなくし、学校も機能しおらず、避難所である体育館では集中できない。そんな子どもたちの様子を目の当たりにした彼らは、無償で家庭教師を派遣するなどの支援活動をし、その約1か月後には、子どもたちの要望もあったことから、キャンプを行った。現在、関西圏の学生約400人が所属している。
     「震災の記憶は無理やり残すことはないと思う」と現在のブレーンヒューマニティー代表の能島裕介は語る。またリクリエーション事業部代表の安武翔さん(関学・2年)は「私たちは何事も現実を目の当たりにしないと思い出さない。震災は天災で(完全に防げないのは)仕方がないことだが、その被災の教訓を生かして自分たちができることをしていかなければいけないと思う」と話す。
     震災から12年。被災地の復旧と時を同じくして、人々の心にも変化が生じてきている。阪神・淡路大震災をきっかけにボランティア活動を始めたブレーンヒューマニティー。しかし震災以降、世界各地では災害が続いている。震災を記憶として持ち続けるのではなく、新潟県中越地震やイラン地震、インド西部地震などの被災地に高校生を連れていき、復興支援なども行った。自分たちができることを行動に移すことで、震災体験を心の中にとどめるだけでなく、さまざまな問題に取り入れている。

    【写真】震災を通し「自分たちができることをするべき」と話す安武翔さん(12月11日・ブレーンヒューマニティー事務所で 撮影=西村愛美)

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    ◎継承の手段に工夫を 研究者の言葉から

    Photo 阪神・淡路大震災から12年。「震災の記憶が薄れてきているのではないか」という声も少なくない。果たして震災は風化してしまったのか。世界的な防災センターの拠点である「人と防災未来センター」を訪ねた。
    同センターは平成14年、震災を通じ、実践的な防災研究と生きる素晴らしさを伝えることを目的に設立された。震災の記憶を留めようと、映像体験室や当時の悲惨さを物語る写真が展示されている。
     だが、センターで災害に強いまち作りを研究する越山健治さん(神戸大・工・95年卒)は「(震災は)確実に風化している」と話す。「だからこそ、社会の仕組みを研究し、教育など別の形で残すのが理想的」と越山さん。そのためには「(学生も含めて、被災状況の調査結果といった)事実を残すことは重要」と話す。「ボランティア以外にも学生が関与するものはたくさんある」。越山さんは学生が震災に関わる大切さにも触れた。

    【写真】災害の事実を伝える重要性を話す越山健治さん(12月12日・人と防災未来センターで 撮影=齋木陽仁)

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    過去の震災特集 一覧
  • 震災から11年 大学だからできること 防災へのとりくみ
  • 震災から10年 被災下宿 変わりゆく街で
  • 震災から9年 《特別版》大学から震災の灯は消えたか
  • 緊急連載 大学から震災の灯は消えたか
  • 震災から8年 体験者として伝える事
  • 震災から7年 震災7年目の学生達
  • 震災から6年 覚えていますかあの日のことを
  • 震災から5年 被災学生5年目の追悼手記「亡くなった31大学111人へ」
  • 震災から4年 《震災写真展》大学から1999−震災発生から現在までの記録
  • 震災から3年 いま、後輩たちに伝えたいこと《三大学アンケート》
  • 震災から2年 被災下宿は今
  • 震災から1年 神戸大学震災犠牲者への追悼手記



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