訪れたのは、震災で亡くなった神徳史郎さん(当時・工・三年)の父、神徳逸郎さんと、母・久美子さん 姉・綾子さん 弟・大介さん。それにサークルの自由劇場で一緒に活動していた友人の門屋史明さんと前田敦司さんの六人。
長崎の五島列島に住む神徳さんらは、合同慰霊祭後に初めて神戸に訪れた。神戸港を見下ろす高台にある六甲台キャンパスの慰霊碑のまわりは、白い玉石がしきつめられて、芝生に囲まれきれいに整備されたばかり。六人は、それぞれの思いを胸に、黙祷を捧げ、花束を供えた。
逸郎さんは、「慰霊碑の除幕式に来れなかったんで、今日初めてここに来ました。来てやらんと息子に悪いような気がしてね」と静かに話す。
銅板に刻まれた四十一人の名前のなかの史郎さんの名前を手でなぞった久美子さんは「この大学受かった時は、親も子も喜んで……。こんなことになるとはね。あの地震さえなければ」と目を伏せる。
「決してあのことは忘れません。今も毎日、朝晩お墓参りをしてるんでね」と強い言葉で語る逸郎さん。
「まだ(息子の住んでいた)甲南町のアパートは更地の状態でした。新しいアパートが建ってしまえば行くこともなくなりますね」「(学生の皆さんも)この前に立ったときだけでも、一緒に勉強した仲間がおったということを思い出してほしいです」と語る。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。