特別賞に田所教授 競基弘賞授賞式

レスキューロボット、システムの研究開発に顕著な貢献のあった40才未満の研究者を表彰する「第3回競基弘賞」(主催・国際レスキューシステム研究機構)の授賞式が1月16日、神戸国際会議場で行われた。特別賞(学術貢献賞)には、競基弘さんと当時交流があった田所諭・東北大教授が選ばれた。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】

 「競基弘賞」は、阪神・淡路大震災で亡くなった競基弘さん(きそい・もとひろ=当時神戸大大学院自然科学研究科博士前期課程・1年)の「人を救うロボットを作りたい」という遺志を継いで震災から10年の平成17年1月17日に作られた。レスキューロボット、システムの研究開発に顕著な貢献のあった40才未満の研究者を表彰している。今回、学術業績賞に大野和則・東北大大学院情報科学研究科助教、技術業績賞に目黒淳一さん(早大大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期過程)、特別賞(学術貢献賞)には田所教授が選ばれた。

 田所教授は、文部科学省が展開する「大都市大震災軽減化特別プロジェクトレスキューロボット等次世代防災基盤技術」の開発研究代表者。プロジェクトを通して、レスキューロボット、レスキュー工学分野の存在を世間に広めたことが選考委員会に評価され、受賞に至った。「私がやったことじゃなくて皆の成果。ロボットでは人一人助けたことがなく、研究成果は出ていないけれど、出つつある」と田所教授は話した。

 震災当時、神戸大工学部情報工学科の助教授だった田所教授。研究室は異なるが、ロボットの研究開発に関することなどで競さんと意見を交わすことがあったという。「(競さんが)着ていたTシャツが、ロボットコンテストで着ていたTシャツだった」と震災直後を振り返る。自身の研究室の生徒も4時間ガレキの下で取り残され、足に重傷を負った。学生生活を一瞬にして奪い去る震災。「二度と起こってほしくない」と田所教授は話した。

●競基弘さんの父、和巳さんの話
 「ロボット技術の進歩は目覚ましいものがある。優れた研究者が続いて生まれていってくれたら、こんなに嬉しいことはない」と和巳さんは声を詰まらせながら話した。

●震災当時など語る 競基弘賞選考委員長を務めた松野文俊・電気通信大教授
 松野教授は当時、競さんの指導教官だった。地震発生後、生徒の安否確認の為に、大学に向けて歩いていると、ある学生に出会い、声をかけた。「競くんは無事か」。「救援活動をしていたのを見かけたで、彼なら無事です」との声に安心し、全員の安否確認後、自宅へ引き返した。
 翌日、松野教授のもとに競さんが亡くなったと連絡が入った。「そんな馬鹿な」と信じられない気持ちになったが、「ご両親の確認が取れた」の声に納得せざるを得なかった。競さんは当時住んでいた神戸市内の2階建て木造アパートの下敷きになり、就寝中に圧死したことが後からわかった。
 涙を流しながら、競さんの部屋で遺品の回収を行っていると、テープを見つけた。テープの中身はサザン・オールスターズの「YaYaあの時代を忘れない」を競さん自身が歌ったものだった。「本当に忘れられない」と松野教授。
 あれから13年。ロボットに関する技術は劇的に進化したという。「若い世代が技術に広がりをもっと持たせていってほしい」と発展に期待を込めた。

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