走り続ける大切さ 山中教授記念講演

神戸大医学部出身で、現在京大でiPS細胞研究センター長を務める山中伸弥教授が今年度神戸大入学式で記念講演を行った。新入生一人一人に語りかけるような、親しみをこめて行われた講演に、新入生は熱心に耳を傾けた。以下では記念講演の内容を紹介します。【4月11日 神戸大NEWS NET=UNN】?

 【iPS細胞研究で学んだこと】(※分かりやすいように一部表現を変えたところがあります)
 
「研究をスポーツにたとえてみましょう。私はスポーツが大好きで、今までいろんなスポーツをしてきました。中学から大学2年生までは柔道をしていました。柔道では、一定の試合時間は決められていますが、一度相手に投げられてしまえばそれで終わりです。私はかつて2秒で投げられてしまったこともあります。このように、柔道というスポーツは勝ち負けが極めて明確なスポーツです。大学2年生の時、靭帯を切ってしまった後は、ラグビーを始めました。ラグビーでは試合時間がきっちり80分と決められています。たとえ相手チームとの得点の差がどれほど開いても、一度対戦すればきっちり80分間最後まで戦わなければいけません。相手チームの選手の後を追いかけるだけ、力強い肩に吹っ飛ばされるだけの惨めな試合体験もあります。今はマラソンをしています。マラソンに勝ち負けはありません。他でもない自分自身が完走すること、自己ベストタイムを更新することが全てです。今までにあげたスポーツの中で、研究はまさにマラソンです。私の研究がハーバード大との厳しい競争を強いられていることは事実ですが、それ以上に大切なことは研究者としてきっちり論文を仕上げて知的財産を築いていくことです。私はアメリカで学んでいた時、恩師からある言葉を教わりました。それはV.Wです。もちろん車のフォルクスワゴンのことではありません。V.Wとは、Vision and Hard WorkingのV.Wです。目的をしっかりと持って一生懸命それにむかって努力すること。簡単な言葉ですが、とても難しいことです。今の学生は、このVisionを失っている人が多い気がします。Visionもなく無駄に努力をして自己満足してもそれは勘違いにすぎません。私は、この言葉を常に自分自身に確認するようにしています。
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 もう一つ皆さんに贈りたい言葉は、人生、塞翁が馬です。研究を続けていて痛感することは、今していることがいいことなのか悪いことなのかは分からないということです。私はスポーツを続ける中で何度も怪我を経験しました。その経験が、私をスポーツ外傷の専門医になることを目指すきっかけとなりました。ネガティブな経験からまさにVisionを得たのです。これが私の第一のVisionです。クラブの先輩の縁故を頼って大阪市立大学へ移った後、国立大阪病院へ移りました。新築で、家からも近いこの病院の門を、Visionを掲げて意気揚々とくぐった私を迎えたのは、それはそれは厳しい指導教官でした。まさに修行といっていい毎日でした。毎日10回ぐらい怒られました。私は手術が下手で、他の人が30分で終えるような手術に2時間くらいかかっていました。それで私はすっかり夢をあきらめてしまいました。しばらく模索の日々を過ごした後、次は薬理学の基礎研究に生きようと決めました。基礎研究という自由な学問のキャンバスの中で、すぐには実現できなくても、人を救う研究がしたいと思うようになりました。これが私の第二のVisionでした。このころアメリカに渡り、万能細胞の研究を始めました。子供の教育のことでアメリカから日本へ戻り、日本で研究活動を再開しましたが、アメリカとはかけ離れた環境で、思うような研究ができず、高度なディスカッションを交わす仲間も得ることができずP.A.D(ポスト・アメリカ・ディプレッション、山中教授の造語)という病気にかかって苦しんでいました。毎日がうつ状態で家族にも心配をかけました。お金を稼ぐために臨床医にもどろうかとも考えました。私は数年の間でころころと心が変わってばかりでした。

 何かのきっかけを求めていたころ、ふと家を建てようと思いつきました。家を建てるにはお金を稼がなければなりません。このきっかけによって、私は臨床医に戻ろうと思いました。いい土地を見つけ仮契約も済ませ、いよいよ本契約に入る日の朝、当然母親から電話がかかってきました。亡くなった父親が母親の夢枕に立ち、今回の家の件はもっと慎重になったほうがいいと言ったと言うのです。私はそんなこと信じませんでしたが、母親があまりに心配するので本契約を一日先延ばしにすることにしました。するとその日のうちにその土地は他の人に横取りされてしまいました。私はこの世の終わりかというほどのショックを覚えました。またしても失意の中にいた時、奈良先端大学の准教授採用の広告が目に留まりました。自分の研究室を持つことができるなど、とてもいい条件での募集でした。私はまたしてもこれをきっかけにしようと思いました。これに応募して、だめだったら臨床医にもどろう。そう思って応募したところ、私が採用されることに決まり、この役職を得ました。すばらしい施設と私を支えてくえるスタッフに助けられながら、私はP.A.Dを克服しました。私は研究者として一度死んだ身だから、誰もしないような難しい研究を一生懸命しようと決め、皮膚の細胞から万能細胞を作る研究を始めました。最初の数年間は失敗ばかりでとても苦しい日々でしたが、私は決して一人ではありませんでした。いつか本で読んだ、『人間は、ジャンプするためにはかがまなければならない』という言葉を信じて、今はかがんで飛ぶ準備をしている時期なんだと思って研究を続けました。皆さんも、これからの学生生活で一喜一憂せず、自分のレースを完走して自己記録を出すよう努力してください。

 私は、神戸大の卒業生であることをとても誇りに思っています。場所は離れていても、神戸大の方々にどれほど励まされ勇気づけられたか分かりません。アメリカのカリフォルニア大にいた頃、周りは一流の研究者ばかりで私は肩身の狭い思いをしながら研究をしていました。そんな時、神戸大の高井義美先生が私たちの前で講演をなさったことがあります。英語は大阪弁でしたが、その圧倒的な研究の質と内容にみんな口をぽかんと開けて聞いていました。その時、私は神戸大出身であることにとても鼻が高い気持ちでした。もちろん医学部ばかりでなく他の学部にもキラリと光るOBの方が多くいらっしゃいます。その方々をどうか誇りに思ってください。大学生活はあっという間に過ぎてしまいますが、この学生生活を存分に堪能して、世界で広く活躍されることを祈っています。ご入学、本当におめでとうございます」

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