陸前高田市を訪れて・中の続き。阪神・淡路大震災の取材を続けるものとして思うこと。(記者=田中郁考) 【5月8日 神戸大NEWS NET=UNN】
阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸は、今は教えられなければ震災があったことさえ気づかないほどに見事な復興をとげている。東日本大震災、いったい復興に何年かかるか分からない。しかし、いつか復興をとげた美しい海辺の町を見たい。私は、陸前高田で、住人から「日常」を取り戻そうとする渇望を感じた。「もうだめだ」と言う人には出会わなかった。
しかし、町はきれいになっても、人の心は別だ。16年前に亡くなった神戸大生の遺族は「あのときから時は止まったまま」と話す。並べるものではないが、東日本大震災でも多くの心に傷が残った。阪神・淡路大震災の遺族に取材をしたときも、友達を亡くした中学生に話を聞いた時も、気持ちを理解するのはとうてい無理だという無力感に襲われた。だが、震災で被害を受けた方々に共感する姿勢は忘れたくないし、寄り添うことはできると信じたい。
私にできることは限られている。あのがれきを前にしては、安易なことは言えない。しかし、今回の現地取材で知ったことと感じたことを、学生に伝え、それぞれに何かを感じてもらうことで、復興支援につながればと思う。もちろん今回のルポだけではなく、ニュースネットとして阪神・淡路大震災の報道を続けていく過程で現地取材で得たものを生かしていきたい。「震災」を伝えていくことで、これからも地震が繰り返すであろう日本において、将来涙を流す人が少しでも減ることを願う。
私は被災地を訪れて良かったのか。何かプラスになった、あるいはなるのか。その答えはこれからはっきりさせていくつもりだ。
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