阪神・淡路大震災では39人の神戸大生が亡くなった。ほとんどのケースが、下宿で建物の倒壊や火災に見舞われたものだ。灘区で25人、東灘区で10人、芦屋市と西宮市でそれぞれ2人が亡くなった。学生たちの下宿の多くは文化住宅などの古い木造アパートだった。
灘区六甲町の西尾荘では3人が亡くなった。1階に住んでいた3人は2階が崩れ、下半身が瓦礫に埋まってしまう。友人たちが助けに駆けつけ、3人も当初は意識があった。しかし程なく火災が発生。30分程でがれきは火に覆われ、友人たちが助けることのできないまま3人は焼死してしまった。17日午前9時ごろのことだった。
犠牲になった学生39人中29人が男子学生だった。また留学生も7人いた。家庭が裕福でないことから仕送りが少なかったり、体育会系の部活に所属していたためアルバイトをする時間的余裕がないといった理由で、安価な古い物件にしか住めなかった。はじめ鉄筋アパートに住んでいながら、家賃を払う余裕が無いために木造のアパートに引っ越し、犠牲となった学生もいたという。
下宿の倒壊は一瞬の出来事で、多くの学生は自分の身に何が起こったかも分からず死んでいった。「もっと頑丈な下宿に住まわせてあげれば犠牲にならなかったのに」と遺族は嘆く。
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