「一歩一歩大切に」 娘の分、生を伝える

1月17日午前5時46分。上野政志さんは娘の志乃さん(当時発達・2年)が亡くなった灘区の琵琶町の下宿跡で「箱」に黙とうをささげた。「今年も来ることができたよ」。下宿跡の駐車場、傍らには「箱」と呼ばれる小さな木製の慰霊碑がある。政志さんが手作りしたものだ。毎年、多くの人が集まる慰霊祭には参加せず、娘が亡くなった場所を訪れる。ここに来ると、志乃さんの顔が思い浮かぶという。【1月19日 神戸大NEWS NET=UNN】

 「一歩一歩大切に」志乃さんは震災が起きた年の1月15日成人式でそう誓った。翌日、駅では政志さんといつも通り「じゃあ、またね」と言葉を交わした。しかし、それが最後の言葉となった。「一歩も歩まないうちに逝ってしまった」。
 志乃さんはレポートの作成を終え、友人の川村陽子さん(当時発達・2年)と共にコタツで眠っている時に地震で下宿が倒壊した。政志さんは18日早朝、瓦礫の中に友達の頭を、次に娘の足を発見した。「16年目だからといって(当時と)気持ちは変わらない。記憶に焼き付いている」。?

 「生と死は対極ではない。生の逆は忘れられること」。学生向けに行った講演会で、感想文の中に書かれていた一文だ。政志さんは今でもこの言葉をしばしば口にする。「忘れられた時に死が訪れる。まさにそう思った」。話すことへの抵抗も、ある新聞記者との出会いで薄れた。「記事のための取材ではなく、親身に話を聞いてくれた。何度か聞いてもらう内に心が軽くなった」。?
 震災や命の大切さを伝える講演会を現在は学校で年に数回行う。1月12日には志乃さんの母校、神戸大で講演会を行った。「親より先に死ぬことだけはあかん。みなさんも命を大事にして頂きたい」。若くして自ら命を絶つ人が後を絶たない状況には「人生の何を知ったというのか。四苦八苦するのは生きている証拠」。言葉の端々に命の大切さを込める。「志乃の代わりに生きて欲しい。志乃の成長を見ているようですね」。?

   娘も震災も忘れない。そして一日を「一歩一歩大切に」生きる。胸に刻み、伝えていく。

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