神戸大前学長の西塚泰美(にしづか・やすとみ)さんが11月4日午前1時28分、くも膜下出血のため神戸市中央区の兵庫県立災害医療センターで亡くなった。72歳だった。【11月4日 神戸大NEWS NET=UNN】
西塚前学長は95年年2月から2001年2月まで、神戸大学長を務めた。生化学者としても大きな業績を残し、ノーベル医学生理学賞の有力候補にも名が挙がっていた。
通夜・葬儀は芦屋市の自宅で近親者のみで行う。喪主は妻の西塚祥子(さちこ)さん。
また、神戸大では後日、関係者らによる、しのぶ会を執り行うことを検討している。
●「驚き禁じえない」 野上学長の談話
西塚前学長の逝去を受け、野上学長は次の談話を発表した。(全文)
「このたびの西塚先生の突然の訃報に接し、驚きを禁じえません。
西塚先生には、我が国の医学界の発展にご尽力いただいただけでなく、世界的な医学の発展にも大きく寄与され国内外の数々の学術賞を受賞されるなどにより、大きな影響力をお持ちでございます。
このように、西塚先生の業績は各界で極めて高く評価されております。
さらに、神戸大学の学長として6年間にわたりリーダーシップを発揮し大学運営に携わられ、本学の発展のためにご尽力いただきました。
西塚先生には、今後も世界的規模で医学、学術推進の一層の発展のためご尽力が期待されていた中で、お亡くなりになられましたことは、まことに残念のきわみでございます。
ご家族の皆様方には、心からご冥福を祈り申し上げる次第でございます。
神戸大学長 野上智行」
●文化勲章受章、ノーベル賞の有力候補
西塚前学長は、1957年に京大医学部卒。同大学助手などを経て、1969年、神戸大医学部教授に。1989年4月からは理学部教授を、1992年3月まで併任した。また、同6月から1995年2月までバイオシグナル研究センター長を併任、同2月から1998年3月までは、医療技術短期大学部学長として活躍した。
阪神・淡路大震災から1か月後の1995年2月から2001年2月まで学長に就任し、震災復興のリーダーシップを取るなど、大学運営に貢献した。同2月には名誉教授の称号が授与、同2月 神戸大学バイオシグナル研究センター名誉センター長となった。2001年から現在まで兵庫県立成人病センター総長を務めていた。
西塚前学長は、1987年の文化功労者、88年の文化勲章など、国内外問わず数々の賞を受賞。生物の細胞間における情報伝達の仕組みを解明した研究で医学界に大きな貢献を果たし、最近ではノーベル賞医学生理学賞の有力候補として注目されていた。
《お詫びと訂正》11月4日午後掲載の記事中で、西塚泰美・前学長死去の日付を「11月2日」としましたが、正しくは「11月4日」でした。お詫び申して、訂正します。(2004年11月5日午前1時 編集部)
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