2025年3月、神戸大農学部西門の推定樹齢50年以上のクスノキの伐採計画に反対するオンライン署名活動が、森林資源学研究室の石井弘明教授らによって行われた。4月上旬には、2000人を超える署名が集まり、この計画は中止になった。一連の出来事は、「樹木とインフラの共存」という、いま私たちが抱える問題を象徴していた。<久保田一輝>

(写真:農学部西門にあるクスノキ 2025年7月9日午後撮影)
36系統のバス通りから農学部の西門に入ると、緩やかな階段の踊り場に1本のクスノキがある。高さは約8m。普段からこの場所を通る学生にとっては、見慣れた光景だ。
このクスノキの幹に1枚のポスターがかけられている。タイトルは、「神戸大学農学部西門のシンボルツリー(クスノキ)の伐採に反対する署名」。「できるだけ多くの樹木と共存する方法を検討してほしい」と呼びかけている。

(写真:オンライン署名を呼び掛けるポスター)
このクスノキの推定樹齢は50年以上。長い間、農学部西門を登下校する学生たちを見守ってきた。ところが近年、成長した根が張り、歩道がでこぼこになって、歩く人がつまづきやすくなっていた。

(写真:農学部西門のクスノキの推定樹齢は50年以上)

(写真:成長した根によって隆起した歩道。5 cmほどの段差ができていた)
こうした安全上の問題から、3月初旬に、このクスノキを伐採する計画が、農学部の事務管理部門の担当者から農学部の教職員全体にメールで通知された。
これに対し、農学部森林資源学研究室の石井弘明教授らは、農学部らしい、緑あふれるキャンパスで自然環境教育を実践するという観点から、この伐採計画を見直すべきではないかと考え、署名を呼びかけたという。
「クスノキは兵庫県の県樹であるため、むやみに伐採するのではなく、根鉢(植物の根と周りの土がある部分)を拡張する、下水と干渉する部分(下水管に触れる部分)の根を切るなど、木を生かして共存する方法を検討すべきである」と、オンラインで署名活動を始めた。(かっこ内は編集部)
署名活動は、3月中旬から始まり、4月初旬には2000人を超える署名が集まった。署名運動は、在校生や卒業生を通じて広がっていった。

(写真:オンライン署名サイトのスクリーンショット)
成長した樹木の根が歩道を盛り上げるという問題は、この農学部のクスノキに限った話ではない。街の街路樹でも起きている問題で、他大学でも課題になっている。石井教授は、ここに「樹木とインフラの共存」という視点を投げかける。
<樹木の強剪定やむやみな伐採にはリスクも>
樹木の強剪定(太い枝を切ったり、一度にたくさんの芽や枝を切り落としたりする剪定)を行ったり、むやみな伐採を行ったりすると、切断部分が腐って枝が折れやすくなるリスクや、根が腐り地盤が弱まるリスクがある。
石井教授によると、2018年7月に情報基盤センター裏で起きた土砂崩れも、うりぼーロード沿いの斜面で行われた大規模な樹木の伐採によって、斜面の地盤が弱まっていたことが原因だったかもしれないという。
<クスノキの伐採と温存>
署名が集まったことなどを受けて、このクスノキの伐採計画は中止になった。
この伐採中止が決まる過程で、議論になったのは、クスノキを伐採した場合とクスノキを温存した場合のコストの違いだった。
石井教授らは、中島樹木クリニックの樹木医・國正あゆさん(2010年・農卒)にクスノキを温存した場合の施工費の見積もりを依頼した。その結果、クスノキを伐採した場合も温存した場合も、コストはほぼ同じだということが分かった。
クスノキを伐採した場合の費用の内訳は、半分ほどが伐採、伐根、搬出の費用で、残りが人件費、重機レンタル、舗装のやり直しなどの費用だ。
一方、温存した場合の費用の内訳は、およそ半分が樹木医による処置(根回し、切り戻し、傷口の治療など)にかかる費用で、残りが人件費や土木作業費という。
要は、伐採、伐根、搬出というクスノキを「なくす作業」にかかる費用と、樹木医による処置というクスノキを「生かす作業」にかかる費用が同じだということになる。
「コストがほぼ同じならば、クスノキとインフラを共存させるべきではないか」、というのが石井教授らの意見だ。
クスノキを温存する場合は、再度根が広がらないよう、地上部の成長を抑える定期的な剪定が必要になる。
署名した卒業生からは、「在学中、汗をかきながら坂道を登ってようやく到着、入口で出迎えてくれる立派なクスノキにほっと癒されていました。健康に生きている樹木を人の都合で伐採するのではなく、人とともに生き続けられる方法を模索すべきだと考えます」などといったコメントが寄せられた。
今は事務管理部門側との間で、木と共存する方向で話が進んでいて、石井教授らは、クスノキを温存するための工事費用についての寄付を募る計画をしている。
このクスノキ伐採計画の一連の出来事について、伐採通知当時の大学側の担当者にメールで取材を申し込んだところ、「クスノキの伐採等については,教職員の安全が守られればそれでよしと考えています」という回答があった。
(写真下:農学部校舎側から見たクスノキ 2025年6月23日午後撮影)

了
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