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- ともだ公園で応援団関係者ら追悼 「高見くんのおかげでつながっている」
阪神・淡路大震災から31年となる1月17日、ともだ公園(灘区友田町)では、公園近くのアパートで亡くなった高見秀樹さん(当時経済学部3年)を悼み、応援団のOBやOGら約10人が集まった。<成瀬泉・木下由翔・奥田百合子・伊藤望>

(写真:ともだ公園で黙祷する応援団OBOGら 2026年1月17日5時46分撮影)
5時半ごろからともだ公園に関係者が集まりだすと、公園の一角にみかんや酒などを供え、ろうそくに火を灯した。訪れた人が順番に線香をあげ、手を合わせた。

(写真:順番に線香を供える様子 2026年1月17日5時37分撮影)
そのあと数分ほど無言がつづき、5時46分には、高見さんの1つ下の後輩・国司和丸さんの声かけで、1分間黙とうした。

(写真:供えられた線香や酒 2026年1月17日5時41分撮影)
応援団OBの山内正嗣さんは、「応援団の人数が増えてきて、高見さんのご両親の寄付金でつくった団旗をあげる機会が増えてうれしい」と話した。

(写真:取材に応じる山内さん 2026年1月17日5時59分撮影)
高見さんの同級生で、当時チアリーダー長をしていた富田陽子さんは、「高見くんのおかげで、こういう機会ができて、つながることができている」と話した。

(写真:取材に応じる富田さん 2026年1月17日5時54分撮影)
国司さんは「毎年この時期にここを訪れ、その年ごとの変化を伝えるようにしている。ここに来ると、彼が近くにいてくれているように感じる。この気持ちは変わることなく、毎年同じ想いでこの場所を訪れている」と話した。

(写真:取材に応じる国司さん 2026年1月17日5時57分撮影)
その後、当時の話や各々の近況などについて談笑する様子が見られた。応援団関係者らは、このあと夕方から食事会を行うという。

(写真:談笑するOBOGら 2026年1月17日6時01分撮影)
公園の近くを訪れていた前田和子さんは、「成徳小にある慰霊碑の掃除をしてきた。公園の近くに住んでいて、周りの家は倒壊したが、うちの家はちゃんと立っていて、生きのびた。こんな私でも生かしてもらっていると思う」と涙ながらに話した。

(写真:取材に応じる前田さん 2026年1月17日5時54分撮影)
▽神戸大六甲台第1キャンパス正門前
この時期らしい寒さだった神大正門前。辺りは静かで、慰霊碑を訪れる人はいなかった。正門前からは、普段と変わらない夜明け前の神戸の街の明かりを一望することができた。
発災時刻を過ぎても、六甲台は静かだった

(写真:発生時刻の正門前から見えた普段通りの街明かり。 2026年1月17日5時46分 撮影:伊藤望)

(写真:神大本館の様子。 2026年1月17日 5時56分)
了
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