落語家・露の団六さん(1982年・教育卒)死去 ダウン症の兄つづるエッセーを書籍化

 神戸大教育学部1982年卒の上方落語家・露の団六(つゆのだんろく、本名・井原俊二=いはら・しゅんじ)さんが1月21日、肝腎不全のため死去した。67歳。2歳上のダウン症の兄との暮らしをつづった新聞連載エッセーは書籍化された。<編集部>

(写真:ダウン症児者とその家族に落語の世界を見せたいと開催した「バリアフリー寄席」で 2013年11月23日午前 大阪市北区の天満天神繁昌亭で)

 1958年、神戸市生まれ。東灘区深江育ち。
 2歳上のダウン症の兄との暮らしをリアルに明るくつづった、毎日新聞家庭面連載のエッセー「兄貴は楽しい?ダウン症」(2003年)は、「あほやけど、ノリオ〜ダウン症のアニキをもって」として2004年に書籍化(中央法規刊)された。その後、全国各地でダウン症に関する講演活動も行った。

 同書によると、兵庫県立夢野台高校から1年浪人して神戸大教育学部に入学し、落語研究会に入部。休学して1980年に二代目露の五郎(のちの露の五郎兵衛、故人)に入門し1年間内弟子に。
 「(桂)枝雀おるやろ、あいつ、お前の大学中退やろ、お前、芸では無理か知らんけど、学歴で抜いてしまえ」と師匠に復学を勧められ、1982年に卒業。

 当時の落研の部室は畳敷きで、「いつも誰かがゴロゴロしていた。太鼓を叩いて、三味線の稽古をしていた。私は部室にある、今となってはかなり貴重な資料を毎日読みあさっていた。楽しかった」(同書)と描写している。
 深江での生活では神戸商船大の学生のことや、御影で体験した阪神・淡路大震災のエピソードもつづられている。

 NHKのラジオドラマや、民放テレビの風俗コーナーのリポーターなどに出演。ラジオ関西では1987年から2001年まで、夕方の報道情報番組『露の団六のニュース大通り』のパーソナリティーを務めた。
 
 遺族によると、がんと診断されたあとも活動を続けていた。ラジオ関西のニュースサイト『ラジトピ』によると、今年1月まで高座に上がっていたという。
 ブログ( https://dan-roku.blogspot.com )では、2025年6月17日の「板宿寄席」(7月20日)の告知が最後の記述。
 12月31日のフェイスブックには年末の家族との様子を書き残している。1月2日の尼崎市道心寺での「新春寄席」の出演告知チラシも、関係者から投稿されている。

(写真下:通夜には多くの落語家仲間や近所の人たちが参列した 2026年2月26日18時45分 東灘区御影本町6の西方寺で)

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