下宿跡で黙祷 故・上野志乃さんの父

 故・上野志乃さん(当時発達・2年)の父、政志さんが1月17日午前5時46分、志乃さんが亡くなったニュー六甲ビラの跡地横にある「箱」と呼ばれる慰霊碑の前で黙祷した。【1月17日 神戸大学NEWS NET=UNN】
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 今日の気温は震災が起きた時11年前より5度高い6度と比較的暖かい朝となった。政志さんは時計を見ながら震災の起きた午前5時46分を待ち、時間になると、しゃがんで手を合わせ、黙祷した。その後、立ち上がりじっと3つの竹筒とろうそくがともる「箱」を見つめて、話しかけた。
 「箱」には志乃さんが小学6年の時の担任、木村先生からもらった花を供えられている。木村先生は音楽好きの志乃さんの音楽の先生でもあり、志乃さんと手紙のやり取りをするなど親交が深かった。木村先生は「こんな子が先生になってくれたら」というという。
 月に一度は「箱」にくるようにしている政志さん。「最近は月命日の17日に来たくても時間がとれず、土日に来たりしている」と寂しそうな顔で話した。「箱」に置いてあるノートには「辛いことが多いがすべて成長の糧と考えようと思う。「箱」の世話をしてくれる人や花を供えてくれる人、定期的にお金を置いてくれる人など感謝している」と志乃さんへの思いをつづった。?
政志さんは「娘はおとなしいけどしっかりしている姉御肌の子だった。今の時代、おとなしい子はいじめにあいやすいが娘はいじめにもあわずいつも楽しんでいた。弱い者を助ける世の泣けにしないといけない」と思いを話した。教師の政志さんは昨日保護者に志乃さんの話をしたという。「泣いてくれた人もいて伝わったのかなと感じた。以前、大学で講義をした時、「生は死の対極ではなく、忘れることが対極だ」という感想をもらった。娘の代わりに私が娘のことを広めていると、ふと、娘が生きていると感じる時がある」と話した。

 政志さんは今年も志乃さんが所属していたマンドリンクラブの冊子の表紙に描いた思い出の花「デンファレ」を持って、大学の慰霊碑へ向かった。
(震災1年追悼手記 http://home.kobe-u.com/top/newsnet/sinsai/tokusyu/tuit_top.htm、震災5年追悼手記 http://www.unn-news.com/sinsai/tokusyu2000/)(記者=杉浦加奈)?

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