『鬼滅の刃』人気コラム著者 植朗子さんは伝承文学の研究員【後編】

 2020年12月からニュースサイト「AERA dot.(アエラドット)」に『鬼滅の刃』の考察コラムを随時執筆し、これまでに400万PV(※ページビュー=閲覧回数)達成など、たいへんな注目を集めている神戸大学国際文化学研究推進センターの植朗子(うえ・あきこ)協力研究員。
 2021年11月には、記事をまとめて書籍化した『鬼滅夜話 キャラクター論で読み解く『鬼滅の刃』』https://www.amazon.co.jp/dp/4594089917/fusoshaoffici-22(扶桑社)も出版した。
 
 ネットの人気コラムを連載するきっかけは、喫茶店での「号泣」事件だったという植さん。一番好きな鬼滅キャラは、ムキムキだけどかわいい「あの人物」だと明かしてくれた。<本多真幸>


(写真:5刷が決定した『鬼滅夜話』。画像提供:清川英恵)

「人生と戦うのは自分しかいない」 それがわかるのが『鬼滅』

記者)神戸大生に『鬼滅の刃』を紹介するなら、どう薦めますか?
植)それについて考えたのですが、こちらからは薦めないですね。「キメハラ」(=『鬼滅の刃』ハラスメント」)なんて言葉がありますよね?

記者)はじめて聞きました
植)『鬼滅の刃』の話題がでてきても、「鬼滅」が好きではない人にとっては、それが苦痛らしいです。「みんなは好きなのに自分は好きじゃない」というのが、ストレスになるそうで…。他の作品でもあるようですが、人気作品ゆえの悩ましいところですね。学生さんには自分の好きなものは何で、自分の嫌いなものは何なのか、というのを見つけてほしいなって思います。ただ、「何かいい作品はありませんか」と聞かれたら、その時は『鬼滅の刃』と答えると思います。

記者)では『鬼滅の刃』の見どころをどのように紹介しますか?
植)「人生と戦うのは自分しかいない」というのがよくわかる作品ですよ、と紹介します。神様も仏様も助けてくれない時に、「自分が何を大切にしたいのか」ということを、自分自身に問い直すことができる作品だと思います。


(写真:『鬼滅夜話』のそで。楽しい工夫が施されている。画像提供:清川英恵)

書きごたえのあったコラム「猗窩座と狛治」と初回記事「悪役の美学」

記者)今までで1番書きごたえのあった記事はどれですか?
植)実は最初に書いた記事ですね。
記者)悪役についてですね。
植)そうそう。「悪役の美学」、「アエラドット」で検索してもらうと出てきます。

▼「『鬼滅の刃』の鬼 『猗窩座』のセリフから読み解く『悪役の美学』」=https://dot.asahi.com/dot/2020121800086.html

植)猗窩座(あかざ)と狛治(はくじ)は書きごたえを感じました。
無惨はずっと無惨のままで、成長と変化があまりないですね。童磨も童磨のままで。それはそれで魅力的ですし、一貫性があるといえばそうなのですが。でも、人であったときの狛治と、鬼になった猗窩座とのキャラクターに注目してみると、「変化」がとても大きいです。なぜだと思いますか?
記者)なぜでしょう。
植)この「猗窩座・狛治の変化」は、研究者の間でも話題になっています。疑問点が多いキャラクターなので。仮説にしても、それに対するアンサーを出すことには意義があるなと思います。

いま注目されている「ケアと文学」もテーマに

植)人間時代、狛治はずっとお父さんの看病をしています。お父さんを亡くした後は、婚約者の看病をするんですよね。嫌悪感もなく、疑問も感じず、ひらすら看病に尽くします。狛治は愛情が深いので、それを失った時にこれまで抱えていた理不尽への怒りが爆発してしまいます。文学研究の中でも、「ケアと文学」というテーマが注目されています。今の時期に、ちょうどそれに関連する内容で、コラムの形ですけれど「猗窩座と狛治の問題」を取り上げることができたのは良かったなと思っています。

連載のきっかけは、喫茶店で再会した『週刊少年ジャンプ』での号泣

記者)植さんが『鬼滅の刃』のコラムを書くようになったきっかけを教えてください。
植)本を読むのが嫌になった時期があったんですよね。ちょうど一年ほど前(2020年)ですけど。私たち研究者は「本を読んでなんぼ」というところがあって、読んで、読んで、研究の着想を得るところまでひたすら読む。その繰り返しです。それが一時期ちょっとできなくなって。自分でも驚きました。それで「研究やめようかな」と思ったんです。小学生の頃から欠かさず読んでいた大好きな『週刊少年ジャンプ』ですら読めなくなっていたのですから、私にとったら非常事態です。

植)そんな時、仕事の合間にお昼を外で食べようかなと、喫茶店に入ったんです。ジャンプ、何週間も読んでいなかったなと思って。そういえば『鬼滅の刃』が大事なところだったことを思い出しました。続きがちょうど無限城編で、時透無一郎(ときとう・むいちろう)対黒死牟(こくしぼう)のあたりを読み始めて…。そこはまだ耐えられたんですけど、弟のことを祈る不死川実弥(しなずがわ・さねみ)のシーンでぶわーっと涙があふれて、そこから号泣です(笑)。

植)ああ、私はまだ心が動くのか…と思いましたね。そう。だから。もう一度やろうかなって。その足ですぐに、書かせていただける媒体を探し始めました。

どこかで書きたい! 「AERA dot.」読者欄への投稿

記者)植さんは、どうして出版各社のなかから、「AERA dot.」を手がける朝日新聞出版に声をかけたのですか。
植)もともと雑誌『AERA』と、そのニュースサイト「AERA dot.」の読者だったこともあって、「アエラにアクセスしたい」とすぐに思いました。でもツテがなくて。仕方がないので「読者の声」の欄に、この熱い思いを(笑)書いて送りました。思い返してみると迷惑ですよね。「続きをメールで送らせてください」って書いて…。当然無視されるだろうと思っていたら、なんとメールが届いたんです。そのご返信下さった方が、今の編集担当者さんです。

社会における学術の意義 感じてくれる編集者との出会い

記者)「AERA dot.」担当の編集者の方は、どんな方なのでしょうか。
植)とても素晴らしい方です。信頼しています。まずダメ出しがはっきりあることが非常にありがたいです。ダメ出しがまったくない編集者の方とは、ご一緒にお仕事するのはしんどいですね。あとはアクセス数の問題ですね。その仕組みをご存知ですか?
記者)いや、詳しくは知らないです。
植)私も詳しくないのですが、記事を出しますと、そのアクセス数として、PV(ページビュー)が出ます。このPV数が少ないと、記事元としては良くないはずですよね。ですが、担当者の作田さんは、「PV数の多い少ないについては僕が責任取るので、好きなことをまずは書いてください」と。「記事はアクセス数だけに意味があるのではありません。文学や文化研究には意義がある、それを発信することもメディアの大切な役割です」と言ってくださって、社会における学術の意義を感じて下さっているのだと、感動しました。私の記事があるのは、担当の作田さんのおかげです。

一番好きなキャラクターは宇髄天元

記者)最後に『鬼滅の刃』の中で、植さんの好きなキャラクターを教えてください。
植)それ答えるの(笑)。いいんですよ。全然良いんですけど…あの…宇髄天元(うずい・てんげん)が好きですね。ただのファンなので、隠しているんですけど(笑)。
記者)どういう点に惹かれますか?
植)まず、あの顔ですね。吾峠呼世晴先生の絵柄。どのキャラクターも顔立ちが可愛らしいので、あれで長身のムキムキにさせると気持ち悪くなりそうなのに、ちゃんとビジュアルのバランスの一番いいところで止(とど)められている。その画力がすごいなあと思いますね。あまりマッチョにさせてしまうと、今度は美しさが損なわれる。

植)吾峠呼世晴先生はキャラクター造形も絶妙だと思います。記事を書く時に、改めてキャラクターのイラストを見るのですが、毎回「あ、吾峠呼世晴先生、すごいな」と思います。アンバランスさを魅力としてうまくついていますよね。宇髄はとくに。こんな話をはじめたら8時間ぐらい、しゃべれそうです。

▼『鬼滅の刃』人気コラム著者 植朗子さんは伝承文学の研究員【前編】= https://blog.goo.ne.jp/kobe_u_media/e/ffe49048ad1665add4eb0e8bbebe8bd5


(写真:2022年2月27日に予定されている植さんの学術イベント用の名刺。鬼滅の世界観が感じられる。神戸大学をバックに。)

植朗子(うえ・あきこ)
神戸大学大学院 国際文化学研究科 国際文化学研究推進センター協力研究員。
専門はドイツ語圏の伝承文学、神話学、比較民俗学など。著書に『『ドイツ伝説集』のコスモロジー – 配列・エレメント・モティーフ -』(鳥影社)、共著に『〈神話〉を近現代に問う』(勉誠出版)、『はじまりが見える世界の神話』(創元社)がある。ニュースサイト「AERA dot.」の連載をまとめた『鬼滅夜話 キャラクター論で読み解く『鬼滅の刃』』(扶桑社)は5刷が決まった。
▼AERA dot.サイト=https://dot.asahi.com
▼扶桑社サイト=https://www.fusosha.co.jp

『鬼滅の刃(きめつのやいば)』
『週刊少年ジャンプ』(集英社)で2016年から2020年まで連載された吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)氏の漫画作品。映画化された「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は興行収入400億円を超え、日本映画史上の記録をぬりかえる大ヒットとなった。2021年12月5日からアニメ2期が始まり、現在「『鬼滅の刃』遊郭編」がフジテレビ、TOKYO MXなどで放送中。
作品の舞台は大正時代の日本。主人公の少年・竈門炭治郎は、ある日突然、鬼に家族を殺され、唯一生き残った妹も鬼にされていた。絶望的な現実に打ちのめされる炭治郎だったが、妹を人間に戻し、家族を殺した鬼を討つため、「鬼狩り」の道を進む決意をする。

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