1995年1月17日早朝5時46分、神戸大生の下宿街を阪神・淡路大震災の激しい揺れが襲った。灘区六甲町のアパート「西尾荘」で被災した坂上義典さん(53=当時 法・4年、現在 岡山県在住)は、隣のマンションになんとか乗り移って脱出できた。
友人たちの安否確認をして回ると、六甲道周辺では、生き埋めになって救出を待つ友人や、倒壊したアパートに埋まって出てこない友人らがいた。
2日後の19日朝、アパートの倒壊現場では高校時代からの親友、櫻井英二さん(当時 法・4年)の救出が始まっていた。
<2025年11月23日取材>
※編集を最小限にとどめ、なるべく忠実にインタビューを再録しています。
坂上義典さん(当時 法・4年)の証言<前編>=https://x.gd/jCazU
坂上義典さん(当時 法・4年)の証言<後編>=https://x.gd/ZuDzm
連載 【慰霊碑の向こうに】 震災の日、学生たちの命は… これまでの遺族インタビューの連載を掲載しています
https://x.gd/fPH0v

(写真:神戸学生青年センターでインタビューに応じる坂上さん=左= 2025年11月23日午後)
19日朝 櫻井さんがようやく倒壊現場から出された
ききて)19日の朝、I君のマンションをドンドンと叩く音で目が覚めました。櫻井君が出されたのが?
坂上さん)多分午前中。
ききて)午前中には。
坂上さん)午前中の早いタイミングだったんじゃないかな、と思うんですけど。
ききて)櫻井君はもちろん寝巻きのままの姿なんですよね。
坂上さん)寝巻きというか部屋着ですよね。
ききて)どんな様子かは覚えてらっしゃらいますか、櫻井君。
坂上さん)ああ、うん。そんな苦しんだ感じとかなかった。本当に寝てるみたいな感じでしたね。
ききて)うん、櫻井君のところは火が来ませんでしたからね。そうですか。
「逃げ出したんです」 四国の実家に帰ろうと
坂上さん)逃げ出したんです。その後すぐもう僕も実家へ帰ろうと思って。東西の交通網って全く動いてなかったんで、なんか噂で西宮まで行きゃ南北は動いてるし飛行機は飛んでるっていう話だったんで、西宮まで行こうって。うん、なんでか知らないんですけど 、みんな線路の上歩いて行けるらしいよ、って言って。なんか噂でしょうね 。当時はネットもないし、何もないんですけど、うん。
坂上さん)そしたら、線路を歩いて行ったらいっぱい人がおるんすよ。同じような人が。
ききて)つまり、歩いて移動する人…。
坂上さん)歩いて東へ向かっている人が。で、線路の上って歩きにくいんですよね、あれ。もう、あの、砂利っていうか、大きい石が、枕木があって、うん、それで一生懸命歩いてた。時間かかったんだろうな。で、西宮まで着いたんでしょうね。多分(阪急)西宮北口だったと思うんですけど、もう普通なんすよ、街が。で高校生は制服着てね、ウロウロしてるんですよ。わーっと思って、着の身着のまま、本当に僕は着の身着のままだったんで。

ききて)荷物は何かあったんですか?
坂上さん)荷物は何もないですね。もう全部燃えちゃったんで。ええ、多分お金も借りたんだろうなと思うんですけど。
ききて) じゃあ最初に着た服の、とりあえずそのまま…。
坂上さん)そのままの格好で。
ききて)で、西宮からはどうやって?
坂上さん)西宮からはね、飛行機に乗ろうと思って。で、飛行機は飛んでるっていうことだったんで、はい。伊丹空港行って、で伊丹空港から松山空港まで。
ききて)いつも里帰りは飛行機だったんですか?
坂上さん)いや、フェリー。フェリーとか夜行バスとか。もう、うん、あの当時の学生ですから。で、いかに交通費を安くするかっていうことだけを考えてたんで。うん、飛行機乗ったのは初めてでしたね。
ききて)どういう心理だったんでしょうか 飛行機っていうのは。
坂上さん)いや、もう、帰れる手段がそれしかなかった。
ききて)まっすぐ帰れるっていう。
坂上さん)はい、ええ。でもう、もう逃げ出したかったんですよね。

3日目19日の夜 四国の実家に帰り着いた
ききて)ご実家に帰り着いたのはいつ頃だったんですか?
坂上さん)もう夜、夜ですね。
ききて)3日目の19日夜。
坂上さん)そのときは、(実家は)河辺村だったんですよ。
ききて)河辺村。10年後の2005年に合併して、現在は大洲市ですね。
坂上さん)うちの親父がね転勤族で、2年か3年に1回ずつ引っ越しをしてたんですよ。
ききて)どういう関係でいらしたんですか。
坂上さん)警察官です。
ききて)河辺村の お父さんお母さんがいらっしゃるところに帰った?
坂上さん)というか松山空港まで迎えに来てもらって。
友人らと連絡を取り合う 先輩の竸さんの死を知る
ききて)お父さんとお母さん、どんな様子で出迎えられましたか?
坂上さん)ええ、(目をつぶって)何も話をしていないかなー。それよりも、櫻井のところはどうなるか、というのと。そっちの話の方が多かったかな。で、いろんな人に連絡をしたりとか、という話だったと思いますよね。
ききて)つまり、櫻井君の状況をいろんな人に伝える?
坂上さん)はい、ええ。
櫻井さんの実家で葬儀に参列する
坂上さん)お互いサークルの友達とかと、いろいろ電話でやり取りしてたと思います。(1つ先輩の)Kさんの話は 僕は実家へ帰ってから聞いたんじゃないかな と思うんですけど。
ききて)ええ、じゃあ、同級生の櫻井さんが四国に帰ってくるっていうのは、時間的には少し後になる?
坂上さん)20日かな21日だったかな。どっちだか、覚えてはないんですけどね。でもう帰ってきたっていって、で家に行って、でその次の日にはもう葬式だったような。
ききて)ということは櫻井くんのご実家に行かれた?
坂上さん)はい。
ききて)残念でしたね。
坂上さん)そればっかりはねえ。
【編集部注】
櫻井英二さんの姉・都築和子さんの証言によると、
1月20日 英二さんの通夜。
1月21日 英二さん葬儀
(2022年11月3日取材)
今日の次、また明日が普通に来るとは限らない
ききて)地震直前に、4人でドライブに行った。あの時起きていたからメガネもあったし、助け合ったり、いろいろできたけど、一人だったらまた状況が変わってたかもしれないですね。
坂上さん)そうですね。寝てたか起きてたかで全然違うと思いますね。
ききて)普通の、何もなければ普通の日のエピソードでしたけど。おそらく今の学生の皆さんは、おそらく今日の次はまた明日が普通に来ると思っていますけど、そうでないことがある、ということですね。
坂上さん)でも僕もまあ、今日の次には明日が来る、とまあやっぱし思っちゃいますよね。
ききて)20歳、21歳っていうところで、友人が何人も亡くなるなんてちょっと想像がね、なかなか、私たちはできないですけども。
坂上さん)うん、まあやっぱりしんどいですよね。うん。ごめんなさい。(涙を拭う)ごめんなさいね。

「逃げ出した」のはなぜか
ききて)すみません。答えづらい辛い質問かもしれないんですけど。逃げたかったっておっしゃってたじゃないですか?
坂上さん)逃げたんですよ、はい。
ききて)それは何から逃げたかったのですか?
坂上さん)つらい状況から逃げたかったんですね。
ききて)それはもうずっとそうでした?
坂上さん)いやいや、それはもう(櫻井さんの遺体が)出てきて、見つかって出てきて、それを確認してからですね。多分、多分ですけど、うん、出てこなかったらまだおったと思いますよ。うん。
「見てしまったら、しんどくなってきますよね」
ききて)最初、西尾荘が燃えたときには、ああ燃えちゃったなみたいな感じで、ご近所の方にも注意されたということがあって…。
坂上さん)ええ。
ききて)そこからこう、サークルの方とかご友人とか亡くなってしまったというので、心境の変化がすごく大きかったというか、実感をもって逃げ出したくなる気持ちになってしまったというか…。
坂上さん)うーん。そうですね。やっぱり、最初信じたくなかった。信じてなかったというのが。うん、でもうそれ見てしまうとね っていうのはありますよね。うん。見てしまうというか、もう、出てきてそうだなってということになったら、うんうん、しんどくなってきますよね。

毎年、1月17日に櫻井さんの墓前で手を合わせる
ききて)私たちは、震災で亡くなった方のご家族をこうやってずっと取材してきて、ご家族の方から、お友達とか当時の仲間が手を合わせにきてくれるんですよっていうお話を聞いたことが何回かありまして…
坂上さん)はい。
ききて)その中で、坂上さんが櫻井さんのところにお墓に手を合わせに行かれる、これはどういうタイミングで行かれてるんですか?
坂上さん)毎年1月17日ですね。
ききて)お仕事もありますでしょう。
坂上さん)まあ休暇も取れますから、はい。
ききて)17日に毎年行かれるっていうのは、どういう思いから、もちろん分かるんですけれども、言葉にするとどういう思いからですか?
坂上さん)いやあ、それもね、うーん、いや、ないんですよ。
ききて)ないとは?
坂上さん)墓参り行くのに理由もないんですけどっていうところで、うん、まあ、年に1回行ってるんですね、はい。
ききて)やっぱり大切な日に行きたいという…。
坂上さん)そうですね、はい。まあ勝手に行ってる、自分勝手なことをしてるっていう、まあそういうことなんでしょうね。うーん。
竸さんのところは1回だけかな、2回は行ったかな。細井のとこにも何回か行ったことあるんですけど…
ききて)そうですか。
坂上さん)うーん、けど、なんか行かなくなっちゃったんですよね。うーん。本当に自分が好きなようにやってるんですよね。
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(写真:大学時代、ユースサイクリング同好会の仲間と上高地で 前列でVサインをしているのが坂上さん、中列左端が櫻井さん 1993年8月14日 画像を一部加工しています)
櫻井さんとは高校時代からの友人だった
ききて)あの、櫻井さんとはいつからの友達ということになりますか?
坂上さん)高校で一緒になったんですよ。あの、高校のときにたまたまクラスが一緒で、普通科が6クラスで商業科が5クラスか…。まあ結構多い、まあ今はだいぶ減ってるみたいですけど、人数も多い学校で。まあその地域だとまあ進学校っていう位置づけではあったので…。でそこで、1年生のときに同じクラスになって。僕が坂上で彼が櫻井なんで、もう出席番号の順番が前後だって…。で、まあ、それで一緒に、行動するようになってっていうところでしたね。
坂上さん)で…、田舎の進学校なんで2年生になったら今度は全部成績順にクラス分けするんですよね。で…同じクラスになって。で2年生のときに理系と文系に分かれるんですよね。で、今度3年生になったら文系は今度私立文系と公立文系に分かれるんですけど、まあそれでも成績順に取っていくんで、ずっとそこは同じクラスで。

坂上さん)親父が転勤族だったんで、1年生のときはね、逆方向へ帰ってたんですよ。
ききて)はい。
坂上さん)2年生になって、引っ越しして、同じ方向へ帰るようになったんですよ。余計にずっと一緒に帰って、途中までですけどね。うん、一緒に帰ってというようなことで。
ききて)入試のときも一緒に下見に来たということは同じ大学に行くとなって…
坂上さん)たぶんですけどね…後から思うにですよ、もう彼は浪人する気もないし、私立受ける気もなかったんだろうなと。いやもう、で、神戸大学受けますって言って…で。当時のセンター試験の結果を見ても 先生にここら辺がいいんじゃないって言われて、ああ分かりました、じゃあそこを受けますって、僕はなんかそういう感じだったんで。で、面談が終わってどこ受けるのって言ったら、神戸大学だって、ああ僕もだって、いうような感じだったんで。じゃあもう一緒に行くかっていう…。
ききて)合格発表は?
坂上さん)合格発表は、電報でしたね、当時はね。ええ。櫻井は余裕だろうと思ってた。で、僕はちょっと危ないかな、センター試験があんまし良くなかったんで、ええ。で、結果まあ受かってたんで。どこで合格したかをお互いが知ったかは覚えてないんですけど。合格発表があって、すぐこっちで部屋を、住むところ決めに行きますよね。
ききて)そうですね。
坂上さん)で、そこで会いました。で、今もそうなんかな。生協とかで斡旋とかしてます?
ききて)はい。
坂上さん)そこの会場で、「おう」って(声を掛け合った)。
下宿アパートも偶然近所だった
坂上さん)最初は櫻井はなんか大学の近くの方へ住むんだって言って。僕は、もうめんどくさい、って言うか便利悪そうなんで下の方へ住むわ、みたいな感じで、別れたんですけど…。あとから聞いてみたら、そんな離れてないじゃんみたいな。
ききて)結局、同じ六甲町でした。
坂上さん)ええ、そうなんだなっていう…
ききて)高校大学住む場所からこう示し合わせて一緒だった? 示し合わせたわけではないけど、偶然…?
坂上さん)偶然。ええそうですね。
ききて)別にそれは仲良しだから一緒に決めたとかいうわけじゃなくて…?
坂上さん)いや、もうたまたまでね。
じゃあサークルも一緒に入るかと…
ききて)で…、大学生活始まりました。そこからは櫻井さんとはどういう…?
坂上さん)まあ付かず離れずですわね。で、やっぱし、語学なんかも一緒のクラスで…。
ききて)ドイツ語?フランス語?
坂上さん)ドイツ語ですね。で、英語も、英語のクラスもたぶん一緒でしたよね。あいうえお順に並べるんでね。
ききて)で、櫻井さんはサークルは…?
坂上さん)サイクリングで。
ききて)で、坂上さんもサイクリング。それはなんでなんですか…?
坂上さん)それは…なんか、そうですよね。結局高校から一緒に来て、同じ大学行って、一緒に居るんで、じゃあサークルも一緒に入るかってっていうことになってしまったんで。

震災直前にインフルエンザ 櫻井さんはうどんを作ってくれた
ききて)それぞれ別のお友達もできるけれど、サークルは同じだったと。で、櫻井さんのお姉さんがおっしゃっていたのは、坂上さんが風邪ひいた時に櫻井さんがうどんを作って…。これも男の友情としては、なんか2人の関係がすごく温かいなと思ったんですけど
坂上さん)それこそあれですよ。たぶんインフルエンザだったんだろうな。震災のちょっと前に寝込んでたんですよね。
ききて)坂上さん、じゃあ、西尾荘で寝込んでた?
坂上さん)ええ、で風邪ひいてるんだっていうようなことを電話したら…アルミの鍋で(直接コンロで)温めて食べるようなうどんがあるじゃないですか?
ききて)ありますね、半生みたいな…?
坂上さん)あれを持ってきてね、温めてくれたんです。
ききて)優しい…。
坂上さん)ありがとう、ありがとうって言って、作ってもらったのを食べて。多分、会ったのがそれが最後だと思ってる…。
ききて)そうですか…。
坂上さん)たぶん最後に話をしたのは、もう治ったよっていう電話をしたのが最後だっただろうなと…。
卒業目前の震災
ききて)法学部は卒業論文がないですけど、1月17日というのは、多くの学部では卒業論文やレポート、あるいは卒業単位を揃えるための試験とかいう、そういう時期でしたね?
坂上さん)ええ、はい。
ききて)坂上さんは、もうそういうのはもう全部揃って、あとは卒業を待つだけだったんですか…?
坂上さん)ええっとね…なんか1枚書類を出さんといけなかったんですよ。その書類を出す締め切りが近づいてて。震災の後で締め切りだったので、それ出せなかった。で、後から出したら、早く出しとかないからだって言って、事務の方に叱られて終わったっていう、それで卒業できたんですけど…
ききて)じゃあ、あとは微調整をするという時期だったんですね
坂上さん)ええ、ええ。
お墓参りに毎年行くのはなぜか
ききて)答えにいく質問かもしれないんですけど、墓参りに毎年行っておられる。櫻井さんに対して、申し訳ないっていう気持ちとかを持ってらっしゃるんですか?
坂上さん)たまたま生き残ったし、たまたま焼け残ったんだけど、それを引け目に感じることはなくて。残ったことはありがたいとは思っても、申し訳ないって思うことの方が申し訳ないような気がするなと思って。
坂上さん)テレビなんか見てて、私だけ生き残って申し訳ないとかっていうのは、全然理解できないとか、同意できないっていう感じがしますね。で、あれを思えるのは多分親なんだろうなと。ね、あの子供を亡くした親なら思うやろうなと思いますけど。

ききて)お墓参りに行くときは、櫻井さんに会いに行くというか…一年を報告するということなのですか?
坂上さん)今年も来たよぐらいです。墓へおるのがね5分10分くらいかな。で、その後、家に行って、お線香あげさせてもらって、それも2、30分ですかね。(近くに自分の)実家があるんで、親に会うて、帰ってくるって感じですね。
西尾荘の北棟の2階に住んでいた
ききて)さっきのね、西尾荘の作りをですね、ちょっとイラストで書いていただいてもいいですか?
坂上さん)前の棟と後ろの棟があって…。
ききて)2棟あったんですね? 並行してあったんですか?
坂上さん)はい。こっち山側、こうですね。ここは真ん中に廊下があるような作りで、こう部屋があって…十何部屋あったんじゃないかと思うんですけどね…
ききて)これが北棟。坂上さんは?
坂上さん)僕は二階のここだったと思います。
ききて)北側のさらに北側の部屋だった?
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坂上さん)で、南棟の方は、一階なんかは廊下ではなくて、(道から)そのまま部屋へ入っていく玄関があって、洗濯機を置けるような場所があったっていうところでしたね。そういう記憶です。
ききて)あの、どすんと傾いたのが、この北側の端っこのこの家からすると…?
坂上さん)ここにあった廊下がこうあって、こう落ちてるんで、廊下が上にあったという…
ききて)ということは廊下の手前で外れて落ちた感じですよね?
坂上さん)そうですね、はい。
ききて)西尾荘でやっぱり神戸大の学生3人亡くなっていて、中村さん、坂本さん、鈴木さん。彼らはどの辺の部屋だったのでしょうか?
坂上さん)分かんないですけどね…。北棟の一階か、南棟の一階かだと…。全く存じ上げないんで…。

ききて)部屋数が結構数多いんですね、だから全員が全員知ってるわけではもちろん…。
坂上さん)もうね全然知らない。たまたま(自分は)隣のOさんだけ知ってたっていう形で。
ききて)そういうものなんですね。下宿っていうのはね。みんながお互いを知ってるわけじゃない…。
ききて)でも、本当にここで坂上さんがもし一人ぼっちで、メガネなくして、どうしようどうしようって、それでしかも北側のマンションに渡れないとなると、なかなか大変な状況になっていましたね。
坂上さん)ほんと。たまたまの、たまたま。
大学生協で斡旋されて、大家さんと相談して家賃の安い北棟を選んだ
ききて)これ2階か1階か。下宿選びの生協の窓口では、どういういきさつでこの部屋を選ぶことになったんですか?
坂上さん)生協では、こういう物件があるよって、この辺りの場所だよって、後は行ってねっていう感じで行って。ここの大家さんがおるんで、大家さんと話をして、という感じでした。ここ(南棟)の1階の洗濯機を置ける部屋も空いてますよ、っていう話になったんですよ。でも、こっち(南棟)の方が家賃は高かったんで…。
ききて)そうなんですか、1階の洗濯機近くの方が家賃が高かったんですね。
坂上さん)洗濯機を置ける方が。で廊下も共用じゃないしっていうので。
ききて)ああそうか…。
坂上さん)安い方がいいなと思って選んだ。もうたまたまそれだけの話で…。

櫻井さんは、大家さんも住んでいるし安心だと安田文化を選んだ
ききて)櫻井君はなんでそのアパートだったんですかね? 1階を選んで…。
坂上さん)最初は山の上に住むって言ってたんですけど…
ききて)もうちょっと大学の近くに住みたいと。
坂上さん)はい。
坂上さん)いったん、寮みたいなところを紹介されて 行ったら、そこはなんか、留年する人が何人もいるんだっていう話を(笑)。
ききて)その話は、他の方からも聞きました。たまり場みたいになって留年するって話。
坂上さん)そこはやめて、(最終的に選んだ)安田文化へ行ったら 大家さんもそこに住んでるとか、 そういうところなら安心だなって。 そこにしたような話ですね。
ききて)本当に偶然ですね。何年か後に、こんなことになるとは、もちろん思わない訳ですよね
坂上さん)たった4年住むだけだから とりあえず4年住めりゃいいや、っていうぐらいな感じでした。
震災当時の自分と同じ年頃の息子を持って思うこと
ききて)当時の櫻井さんとか、坂上さん自身と同じ年頃の息子さんを持つようになって、当時と心境が変わったりとか、気持ちが変わったりしたことってありますか?
坂上さ)子供が生まれた時とかの方が、なんか感慨深いものがありましたね。お墓参りに行って、(親御さんに)結婚しましたとか 子どもが生まれましたっていうのを報告するのがすごくしんどかったですね。すごくさびしい思いをさせるんじゃないかなと。

今年、細井さんの実家にも線香をあげに行った
坂上さん)今年、和歌山に行ったんですよ もう何十年かぶりにHのとこへ。
ききて)今年?
坂上さん)はい、9月頃です。気になってて。勝手に 本当に勝手なんですよね
ききて)(サークルの後輩で、亡くなった)Hさんのご実家に?
坂上さん)線香あげに行こうと思って。もう25年は行ってないんですよね。お会いしても,お母さんは(僕のことは)わかんないんですよ。
坂上さん)友達だっていうのは認識はしてくださるんですけど。当時訪問した時に撮った集合写真とかを出してくれて、そこに僕は写ってるんでね。その時もね僕は先輩だったんので53歳ですけど、「今は51歳ですか」ってお母さんはおっしゃる。ああ今でも、(自分の娘が生きていたらいくつになるか)年齢がわかるんだなと思って。
ききて)そうやって、いつも年齢を数えておられるということでしょうね。
坂上さん)そうなんですよ……。
ききて)櫻井さんのお母様とはどういうお話をされてるんですか
坂上さん)近況報告ですよね。うちも子どもが大学生になりましたとか そういうような話をちょっとして。そしたら、みかん農家なんで、たくさんみかんをいただいて帰ってくる。
ききて)仲間を何人も亡くされた坂上さんの体験は、大変重いと思います。仲間を失った人たちが坂上さんの前後の学年に、たくさんいるわけですよね。友人を亡くした学年の人たちは、いったいどんな思いなのだろうかと感じます。
今でも、震災の記事や手記を読むのは辛い
ききて)震災の話を聞くと、辛いことはありますか?
坂上さん)それでいくとね、やっぱり僕はね、書き物を見たりするのが辛いですね。
ききて)記事や、手記を?
坂上さん)涙が止まらんなるって、そういう感じですかね。やっぱり悲しくなってくる。

ききて)櫻井さんのお墓参りに、1年目に行かれたと。そこからはずっと行かれでいるんですか 。
坂上さん)ほぼ毎年のように。抜けれん会議があって、行けなかった時があったりとかはしましたけど。
ききて)新型コロナの時もありましたね。
坂上さん)それでも行って、ご挨拶はして。お線香だけでっていう感じでした。
今の学生に伝えたいこと…
ききて)今の学生に対して、震災のことをどう受け止めてほしいと思われますか?
坂上)そうですね、時々何かのタイミングでいいので、今だと1.17とか3.11とかという時には、マスコミもだいぶいろいろ取り上げます。考えるきっかけがあるので、そういった時には、ちょっと思い出してもらうと。そんな深刻に考えなくてもいいので。
坂上)といっても、僕は逃げ出した口なんで。たった3日しかいなかったですから現場には。多分、こっち(神戸)に長いことおった人の方が、苦労はされていると思いますよ。
ききて)坂上さんの息子さんは、大学生で若くていらっしゃる。おそらく息子さんが生きている間に、大きな地震が来るかもしれないですね。若い人たちにどんなメッセージを送られますか。
坂上さん)たまたまがいつ来るか分からないので、そのたまたまが来た時に乗り越えられるような強さを、どこかで持っておいて、というところですかね。その時に何ができるか、なんて、なってみないと分からないですからね。

(2025年11月23日インタビュー、きき手:奥田百合子、本田愛喜、成瀬泉、田中博朗、撮影:久保田一輝)
坂上義典さん(当時 法・4年)の証言<前編>=https://x.gd/jCazU
坂上義典さん(当時 法・4年)の証言<後編>=https://x.gd/ZuDzm

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連載 【慰霊碑の向こうに】 震災の日、学生たちの命は… これまでの遺族インタビューの連載を掲載しています
https://x.gd/fPH0v
【慰霊碑の向こうに】15 故・櫻井英二さん(当時法学部4年)<前編>=
https://x.gd/Y9Hzy
【慰霊碑の向こうに】15 故・櫻井英二さん(当時法学部4年)<後編>=
https://x.gd/sl6jr
【震災特集1997】「震災から2年 下宿街は今…」=
https://kobe-u-newsnet.com/newsnet/sinsai/tokusyu97/
(1997年1月17日発行紙面をアップロード)
【震災特集1996】震災から1年「あなたのことを忘れない 神戸大学四十四人への追悼手記」=
https://kobe-u-newsnet.com/newsnet/sinsai/tokusyu/tuit_top.htm
(1996年1月17日発行紙面をアップロード)
了
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