息子の震災遺品 坂本さんが焼けた硬貨を大学に寄贈

 阪神・淡路大震災で亡くなった、坂本竜一さん(当時22歳、工3年)の父・秀夫さんが、アパートの焼け跡から取り出して大事に保管してきた、硬貨とスプーンを大学に寄贈した。「墓に入れて埋もれてしまうより、学校に持っとってもらったら」と考えたという。1月16日、震災慰霊献花式の会場のテントで、大学文書史料室の書類に記入して手続きを済ませた。<取材班>

(写真:寄贈された 硬貨やスプーン スプーンに乗っているのは「ジーパンのボタンや一円硬貨かな」と秀夫さん 2026年1月16日12時54分 六甲台慰霊碑前の献花式テントで撮影)

 1月16日、震災慰霊献花式の会場の本部テントで、静かにその手続きが行われていた。

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で、灘区六甲町のアパート「西尾荘」に住んでいた竜一さん(当時22歳、工3年)は亡くなった。倒壊した建物に閉じ込められ、友人らが助け出そうとしたものの、近隣からの火災の炎に包まれ犠牲となった。
 
 父・秀夫さんは、大学の慰霊献花式には毎年のように訪れている。
 今年も式を前に正午ごろに姿を見せた。

 坂本さんは、献花式のあと本部テントに歩み寄り、硬貨と焼け焦げたスプーンを大学職員に差し出し、神戸大学大学文書史料室の書類にペンでサインをした。
 大学職員は、ていねいにその遺品を受け取った。
 硬貨は昭和天皇在位60年記念の1万円銀貨で、熱にさらされくすんだ色をしている。計量スプーンは、煤がついて黒くなっている。スプーンに乗っているのは「ジーパンのボタンや一円硬貨かな。(焼けて)はっきりしませんけど」と秀夫さん。いずれも、アパートの焼け跡から取り出して保管してきた遺品だ。

 秀夫さんは、ニュースネットの2019年夏のインタビューに、「3日目に全部掘り出した。遺骨とジーパンのボタンやら硬貨。枕もとのカセットテープなんかを触ったらぐしゃぐしゃっとつぶれてまうけど、形はあったし」「そん中に一万円硬貨もあった。それは俺が『金なくなったらこれ使えるから』と渡していたものやった」と語っていた。

(写真:慰霊碑の銘板に花を供える坂本秀夫さん 2026年1月16日12時35分)

 入学した折に、これがあったら「1週間は飯が食えるやろ」と言って竜一さんに渡したものだという。大事に仏壇に置いてあった遺品だが、「私も歳(80歳)だから、この先いつまで持つかわからん」「慰霊碑の周りにそっと埋めようか、墓に入れようかとも思ったけれど、埋もれてしまうことになる。学校に持っとってもらったらと思って連絡した」といい、年末に大学から「お預かりします」と返事があったという。
 献花式の日に引き渡すことができて、「安心しました。竜一も喜んでいると思います」と、秀夫さんはニュースネットの電話取材に穏やかな口調で語った。
 
【関連記事】
▼特集 震災から一年「あなたのことを忘れない 神戸大学四十四人への追悼手記」=https://kobe-u-newsnet.com/newsnet/sinsai/tokusyu/tuit_top.htm
 
▼連載 慰霊碑の向こうに「震災の日、学生たちの命は…」=https://x.gd/Q4jmT

(写真下:亡くなった竜一さん 坂本秀夫さん提供)


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