略称凡例 ▽NN=ニュースネット委員会
▽震災の記録=『兵庫県南部地震による震災の記録』(神戸大庶務部庶務課・編、1996年1月)
▽救通=救援隊通信(神戸大のサークル「学生震災救援隊」の機関紙)
▽CW=キャンパスウィークリー(ニュースネットが加盟する「UNN関西学生報道連盟」が発行していた週刊の
FAX新聞)
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鶴甲第1キャンパスのテニスコートに、バスケットゴールが設置された。地震でコートには亀裂が発生し、修復が進められていた。このため95年度の健康・スポーツ科学実習の実技が始まるのは5月8日まで遅れる。(震災の記録21、64ページ)
震災を理由とした94年度授業料の未納分について、学部生12人、大学院生4人の徴収猶予が許可された。3月31日まで。(震災の記録21ページ)
学生震災救援隊に来神する学生が200人を突破(救通第3号=24日付)。これまで九州産業大、上智大、京都大、拓殖大、札幌学院大などから参加があったという(救通第1号=4日付~第3号=24日付)。
部局長会議で、震災で亡くなった学生のうち要件を満たした学部生6人が卒業、大学院生1人が修了することが決定。卒業証書などの番号は他の学生に含めた通し番号で、就職・進路先欄は「震災による死亡」と記載されることに。(震災の記録70ページ)
前期入試の合格発表。2047人が4倍の倍率をくぐり抜けて合格した。(CW3月13日付)
震災の影響で、兵庫県内の104人を最高に、全国268人の大学生が企業から採用取り消しや自宅待機などの通知を受けていることが文部省の調べで明らかになった。(CW3月13日付)
学生震災救援隊が被災した子どもたちに勉強を教える寺子屋活動が、活動を始めて1カ月を迎えた。(救通第2号=15日付)
農学部の仮設トイレが撤収されることになり、最後の汲み取り作業が行われた。以後、使用は禁止されたが撤収日時は不明。(震災の記録22ページ)
後期入試。前期入試と同様、大阪大と岡山大にも会場を置いた。神戸大では六甲台本館と理学部を試験場とした。(震災の記録73ページ)
震災2カ月。大学の犠牲者合同慰霊祭が六甲台講堂で催され、遺族や職員、学生ら約2000人が参列。学生代表は「残った学生はあなた方の分も精一杯やっていこうと決意しています」と述べた。(NN[リンク])
海洋政策科学部の前身、神戸商船大でも合同慰霊祭が行われ約450人が参列した。(CW3月20日付)
修士・博士学位記授与式が六甲台講堂で行われ、修士596人と博士105人が課程を終えた。震災で亡くなった学生1人も博士号を取得し、学位記には他の学生を含めた通し番号が記載された。(震災の記録23、70ページ)
地震で倒壊した下宿「西尾荘」跡地では、亡くなった学生に向けて花が供えられた(19日・灘区六甲町で NN)
卒業式。ワールド記念ホールの被災と交通事情により会場変更。六甲台講堂をメイン会場とし、周辺の教室にテレビモニターを設置して実施。震災で亡くなった6人の学生を含む2688人が卒業した。(震災の記録73ページ)
映画研究部Rick’sが震災で亡くなった中村公治前部長(当時)の追悼上映会を六甲台講堂で開催。生前監督を務めた作品や、過去の出演作など4作品を上映した。(CW26日付)
震災で被災したため入試を受けられなかった生徒・学生を対象にした特例入試のうち、神戸大には元々出願していなかった人でも受けられる「再募集」形式の出願が始まった。(震災の記録73ページ)
追悼上映会(26日・六甲台講堂で NN)
鶴甲第1キャンパスのハンドボールコートに、授業の再開に向けて仮説の証明が設置された。コートには地震で亀裂が生じていて、修復作業が進められていた。健康・スポーツ科学実習の実技が際会されるのは5月8日。(震災の記録24、64ページ)
医療技術短大部(現医学部保健学科)図書館、自然科学系図書館と医学部分館で行われていた、大学受験生向けの開放を終了。期間中延べ190人が利用した。(震災の記録11,15、24ページ)ちなみにこの日、神戸でサクラが開花している。(気象庁ウェブサイト[リンク])
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